「そら、千雪くんのこと心配なんや。なんや、書けへんみたいやけど、精神的なモンや思う、とか言うし」
菊子は力説する。
そんなことまでと千雪は思うが、心配してくれることは有難いと思わなくてはならないのかも知れない。
「ほっとけや、なんて言わんけどな。まあ、俺が何を書けへんかっても、時は過ぎていくわけやし」
「悟りひらくにはまだ早いわ。研二くんと喧嘩でもしたん?」
「喧嘩なんかせえへんけど………ちょっといろいろわかれへんよになって、ひとりで考えよ思ただけや」
「ほんまに大丈夫なん?」
菊子が千雪を連れて行ったのは小料理屋だった。
「なんや、多岐村のおっちゃんとこか」
たきむら、という看板の文字を見て、千雪は呟いた。
近所にあるこの店は、やはり同級生の家だ。
「おや、めずらしいな、千雪ぼん。菊ちゃんと同伴かいな」
カウンターの中から目尻を下げた白髪交じりの男がほほ笑んだ。
「おっちゃん、腹ペコやし。何か作ったって?」
「おし、美味いもん作ったる」
多岐村は昔から人のいい男で、この辺りの子どもに慕われていた。
「弘美ちゃん、昨日まで里帰りしてたんよ」
弘美というのは多岐村の娘で、菊子のクラスメイトだった。
おとなしめで、江美子とも仲が良かったが、大阪に嫁いで二人目が生まれたばかりだ。
ちょうど江美子が亡くなった頃、大阪で産気づいてしばらく入院していたため、葬式には間に合わなかった。
「そうなんや。よろしゅう言うといて」
「奥、空いとる?」
菊子が聞くと、ええよ、空いとる、と気前よく座敷を貸してくれた。
「おおきに」
二人は座敷に上がり、向かい合わせに腰を降ろした。
「わかれへんようになったて、どういうことやの?」
元の話に戻って菊子は突っ込みを入れる。
「やから、いろいろ……なあ」
研二と京助とのことなど話せたものではない。
「なんや、煮え切らんなあ。研二くんとやり直すんやなかったん?」
「三田村のヤツやな。何を言うたんや、あいつ」
「千雪くんが京助さんと別れて、研二くんと暮らしとるて」
はあ、と一つ溜息をついた。
千雪も研二と一緒にこのまま都会の片隅で生きて行けたら、などと思ったりしたのだ。
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