だが、京助がやってきて、俺は別れたつもりはない、帰ってこい、と言い、しかも親に話したなどと言う。
小夜子が紫紀と結婚したばかりなのに、自分と京助とのことで波風を立てたくはなかった。
一見して、簡単に手折れそうな可憐な花のような風情だが、こんなお嬢様ならどうにでもなりそうだなどと近づいてくる男たちには、にっこり微笑んで、「お断りしますわ」とはっきりものを言う、筋がピンと通った性格の小夜子だ。
何しろ、あのかなりな曲者の紫紀と互角に渡り合えるくらいである。
「千雪ちゃんと京助さんのこと反対するのなら、この結婚はやめにしますって言うわ」
ジョークでそんなことを言う人ではない。
それに京助には理香をはじめ、この先いくらでも京助にふさわしい女性が現れる可能性があるのだ。
けれど今、一人になってしまった研二は、子供のためにもと孤軍奮闘している。
真由子と別れた原因の一端が自分にあるのなら、研二と一緒にいないといけないと、いや、今こそ一緒にいたいと千雪は思ったのだ。
京助がやって来て、帰って来てくれと言い、親に話したなどと言うまでは。
千雪は研二と一緒に繭の中で何も邪魔されずに籠っていられると思っていた。
ところが、京助の話を聞いたという研二は、戻って京助と話した方がいい、と言う。
あの時の千雪は、何も考えたくなくて頭の働きを止めて、ただ途方に暮れていた。
周りのことなど考えも及ばず、結局千雪は一人で東京を出ようと思い立った。
研二と京助が一緒に秋田に現れた時は驚いたものの、その頃はようやく順を追って考えることを思い出し、自分の行動の説明はついたのだが。
説明はついたが、だからどうする、という結論はまだ出ていない。
「俺もそれでええと思うとったんやけどな………」
いや、ほんまは、俺が別れるて言うて、京助が簡単にはいそうですか、やなんて言うわけがないとは、頭のどこかで漠然と思うとったんや。
けど、理香さんからは京助が荒れているとは聞いたものの、しばらくたっても俺に直接何のリアクションもなかったよって………、て、俺、そないなこと考えとったんやろか。
感情のことになると、つい、面倒やから考えを放棄してもうて………。
「失礼します」
その時、襖が開いて、スタッフが海鮮丼を二つと瓶ビール、グラスをトレーに掲げていた。
「うわ、美味そや」
「まずは乾杯~」
スタッフがグラスにビールを注いで座敷を出ると、早速菊子はグラスを掲げ、二人で乾杯したあと、しばらく無言で海鮮丼に取り掛かった。
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