千雪のことを諦めていたわけでは決してないが、もし千雪が研二と一緒に生きていくことになったとしたら、と弱気な自分がそういう選択肢もありかと、富永教授と話していた時につい口が滑ってしまったのだ。
富永は京助のことを非常にかってくれているし、まだ国家試験に通る前から研究室に呼びつけて助手のように扱ってきた。
現在博士課程にいる京助だが、確かにいずれ研究職に進むためには留学は欠かせない。
「君が抜けると戦力がガタッと落ちるのだけが問題だが、君にとってはステップアップのチャンスだよ」
と、教授はもうすっかりその気になってお膳立てを整えている。
当初はもし千雪と別れることなったら、日本を逃げ出すくらいしかないかもしれないなどと考えていた京助だが、事実上ほぼ京助の留学は決定したようなものになっていた。
「なかなかいけるな、これ」
ぐい呑みを空けて京助が言った。
リビングのテーブルに、京助手製の海鮮丼、純米酒の熱燗徳利とぐい呑みが載っている。
「あったまるわ」
絨毯に直に座り、千雪も熱い酒を飲んだ。
新鮮なマグロ、サケ、いくら、イカを大葉の上に乗せてワサビと醤油で食べる。
腹が減っていた京助は、簡単に作れるものにしたのだが、スーパーのおばちゃんに教えてもらった通り、今日の刺身はかなり上等で安かった。
「ああ、大学の傍のいつものスーパー?」
「そう。おばちゃんが今日は刺身がいいのが入ってるってよ」
「無精髭にスエットやなんて、俺のマネしいなや」
「フン、服が血だらけになっちまって、スエットしかなかったんだよ」
途端、ウっと千雪は固まる。
「メシの最中にそういう話すんな!」
やっと口の中のものを飲み込むと千雪は喚いた。
「スエットの話持ち出したのはお前だろうが」
ムッとしたまま千雪はもくもくと丼を平らげる。
「それで? 作家志望の原稿は読んだのかよ?」
「まあ。最初に送り返す時、俺みたいなペーペーに読ませるより、編集部にでも送った方がええて書いたんやけどな」
「フン、読めたもんじゃねぇって?」
京助は二つのぐい飲みに酒を注ぎ、徳利を置いた。
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