眠っていたところを起こされて風呂にざっと入って出てくると、京助が髪にドライヤーをかけていた。
「なあ、映画のスポンサー、筆頭が東洋グループて、いつの間にそうなっとったん?」
上半身バスタオルだけでもこの狭い部屋なら過ごせそうな暑さに、そろそろ夏が近づいてきたのがわかる。
「今更何言ってるんだ。去年のうちに兄貴のやつ、工藤とコンタクトとってスポンサー買って出たってよ」
「はあ? 工藤さんが営業活動したんやのうて?」
これは初耳だった。
さっきのパーティにも工藤は顔を見せていたが、紫紀と一言二言言葉を交わしたのを見た切り、姿を消していた。
「さあ、お前の小説のファンはアスカだけじゃないってことだろ?」
去年の内にというと、まだ小夜子とも会っていないはずで、いつのまにか原夏緒展も東洋グループは協賛となっていた。
「俺の三文探偵小説を紫紀さんみたいな聡明そうな人が読むとか、想像できひん」
「お前、いつまでも克也の悪態を根に持つなよ。読んでもいないのに悪評ばっか見て口を滑らせただけだろうが」
「どうせ大したトリックもない、探偵の犯人捜し小説やて」
「何をひねくれてるんだよ、それがいいってファンがいるわけだろうが」
「だいたい読んでもいないものをどうやって批評するんやって話や」
千雪としては速水のことが許せないのは、やはり最初の最悪な出会いで速水が放った科白があるからだが、ミステリー作家に対する発言にもイラつくことばかりで、根本的に敵対する存在となっている。
「だからあいつのは口だけだって言ってるだろうが」
「口だけでよう、心理学者とか名乗ってはるな」
「ああ、もう、克也のことなんざどうでもいい。明日もインタビューって、こないだ終わったんじゃないのか?」
「志村さんのスケジュールがなかなか大変で、明日しかないんやて。おまけに雑誌のインタビューもついでにやれとかって」
「雑誌?」
「前にもやったやろ、佐久間の彼女編集やってるって」
「ああ? んなもん、ことわりゃいいだろうが!」
京助が声を上げる。
「断るていうたんやけど、なかなか真面目な記事を書くからって、工藤さんが」
京助は仏頂面で千雪を睨み付けた。
「まあ、ちゃんと小説の中身について聞いてくれるんならだが」
それこそ小説を読むとかほとんどないだろう京助が、千雪が部屋で『野ざらしを』を書いていた時、打ち出しを勝手に読んで、これ、何とか賞に出してみろよ、と言ったのが、賞をもらうきっかけになったのだ。
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