翌日の午後、乃木坂の青山プロダクションを訪れると、万里子が待ち構えていて早速メイクをしてくれた。
上の階のリラクゼーションルームの一角を使っての撮影で、前回と同じく進行は小杉だ。
前回は、小杉がこの撮影に入っていたため、志村は一人でドラマの撮影に向かったようだが、万年人手不足の事務所としてはその程度はあたりまえ、の話のようだ。
志村もたまに端役などでドラマに出ていたこともあり、俳優としてはこの業界長いので、いくらでも一人で動けるのだが、舞台がほとんどの時と違い、準主役など主だった役をもらったりするようになってからは、自分では手の届かないところを小杉に任せておけるのが有難かった。
「ここが凄く好きなんですよ。犯人が、最後に花びらが散った桜の木の下に身を横たえるでしょう、ここの場面が文章を読んでいると本当に目の前に浮かぶんです」
インタビューの中で志村が言った。
やはり三人と対話形式でインタビューを受けたが、誰からもこのトリックにはっとした、なんて言葉は出てこない。
この場面が、この文章が、この言い回しがいい、と言って下さる。
だから探偵小説なんだろうけど。
また、速水の悪態が頭に浮かぶ。
京助の言うように、それがいいというファンがいるから、こうして映画にもしてもらえたわけだが。
ただし、工藤が千雪の小説に興味を持ったのは、千雪という名前が引っ掛かったからだろうとはわかっている。
亡くなった工藤の恋人の名前が、ちゆき。
ちゆきと読む名前の妙な男が書いた小説がベストセラーになっていたから手に取ってみたのだろう。
しかし工藤は何だってこの小説を映画になんぞしようと思ったのだろう。
業界では、工藤にかかると必ず売れるという噂もあったと聞くが、本気で大丈夫なんだろうかと千雪は思う。
まあ、映画やドラマは原作とは別物と思っているので、工藤の手で売れる作品に仕上げていくのだろうとは思うのだが。
ああ、そう、やはり、それだろう、工藤がこの小説を映画にしたのは。
志村が言った、最後に犯人が桜の花びらの中に身を横たえるところに、工藤はまた引っ掛かってしまったのだろう。
工藤の同期である小田弁護士の話から、ちゆきが亡くなったのは花の頃だったらしいと聞いた。
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