いつぞや菊子や三田村と話したことが現実味を帯びてきた。
子どもが生まれて幸せなはずなのに、どうしてそんなことになるのだ。
『研二くんはもうずっと千雪くん一筋やもん』
菊子がそんなことを言っていた。
けど、離れて行ったんは研二の方やで?
それにお互いに好きやったかも知れへんけど、お互いに口にしたこともない。
確かめたことかてない。
研二をこっそり一人で訪ねよう思て金沢行った時、研二が部屋から出てきた女性と車で行ってしもて、そん時、思い知ったんや。
男の俺なんかとどうにもなるわけがないて。
絶望とかいうんはこういうことかて、ひたすらまたバイクを走らせて東京に戻ったあの日のことは、忘れようがない。
真由子さんから好きになったんかもしれんけど、研二は結婚して、二人の子供まで授かったんや。
それは研二自身が決めたことやろ。
俺のことやなんて………。
「千雪、文英社さん、来たぞ」
工藤に言われてはっと顔を上げた千雪は、山井を見てちょっと頭を下げた。
山井はきりっとした表情の美人だが、胸の大きなセクシー系で、いやというほど聞かされた佐久間の好みのタイプのようだ。
しかも編集者としてはなかなか切れ者らしい。
前回の取材の時も、どうせイロモノ扱いされるだけだろうと思っていた千雪の予想を裏切って、作品をしっかり読み込んでいたし、千雪の容姿については一切触れなかった。
工藤に釘を刺されていたらしいが、それでも千雪のことを嫌悪の目で見たりしないところが、プロだと思わせた。
今回も、作品と映画のことを絡めて的確な質問を準備していた。
写真の撮影もしないという約束で、しっかりと仕事をして帰って行った。
「取材は終わったんだろ、メシでも食いに行くか?」
工藤がにやりと笑った。
「お肉食べたい!」
万里子が言った。
「鈴木さんもいかがです? ご一緒に」
工藤が言った。
「ありがとうございます。明日息子の遠足があって、今夜はお弁当の準備がありますので、またぜひにお願いします」
鈴木さんが帰って行くと、千雪は工藤と万里子と一緒に上等なステーキを食べさせる店に入った。
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