「そうでっか。まあ京助先輩もそろそろ身い固めるような年頃やし、ついこないだもお兄さん婚約しはったて、マスコミが騒いでて……あ、せや!」
さらにうっとおしい話を、佐久間は続けた。
「東洋グループ次期総帥と婚約しはったえっらい美人さん、老舗の呉服問屋のお嬢さんで、原小夜子さん、って、先輩の親戚とかどっかでいうてたみたいやけど、ほんまでっか?」
「お前に関係あれへんやろ」
千雪はスパッと言い捨てた。
パーティのことまで思い出されてイラつく。
小夜子はあれから、それこそパーティのことは忘れて仕事に没頭することにしたらしい。
「まあ、そうでっけど。先輩、何か疲れてはります?」
ったくこいつは!
何を言っても佐久間には暖簾に腕押しだ。
千雪は目の前の論文に目を落とした。
それを見て佐久間もようやく静かになった。
蒸し暑い日が続いていた。
Tシャツに短パンで、ここのところ千雪はダイニングテーブルでノートパソコンのキーを叩く毎日だった。
外は既に暮れかけているというのに、少しも気温が下がらず、熱帯夜は確定と思われた。
「何でエアコンつけないんだ」
振り返ると京助がのっそりと入ってきて、すぐにエアコンをつけた。
「自然の風を入れてたんや」
京助は窓も閉めると、「ほとんど無風だろう」と京助が言った。
部屋はやがて空気が冷やされて、汗が引いていく。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して、京助がテーブルの向かいに座った。
「締め切り、いつだ?」
「明日」
プルトップを開けて京助は缶ビールをゴクゴクと飲んだ。
千雪は顔を上げると、京助の顔が無精髭に覆われているのを認めた。
「終わったんか?」
「ああ。ったく、クソな事件ばっかだ」
そう言うと京助は残りを飲み干した。
「やっと休みができたし、お前も原稿が上がるんだろ? 週末どこか行くか?」
千雪はキーを叩くのを止めた。
ずっと仕事づけで、京助は猛暑日が続く東京を抜け出したいばかりだった。
「土曜、三田村と研二と逢うんや」
京助は飲み干した缶を握ったまま千雪を見た。
「研二が上京するのか?」
三田村はどうでもよかったが、研二は京助の中で引っ掛かりを持った。
「ああ。あいつ………」
千雪は口にするのを少し躊躇った。
「秋に有楽町に支店出すことに決まったんや」
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
