「心配しないで大丈夫よ、工藤さんとらないから」
万里子はケラケラと笑う。
「はあ? ナニソレ」
「だって、山野辺芽久のこと聞いたわよ」
「やめてんか。あれは工藤さんが勝手に俺をダシにしよっただけやし」
フフフと笑う万里子は少し酔っているようだ。
「だったらなあに? 綾小路さんにまさか女の子紹介してもらうとか?」
「万里子、そろそろ行くぞ」
藤田のところに戻っていた工藤が万里子を呼んだ。
「じゃ、またね~」
ひらひらと手を振る万里子は酔ってはいるが、千雪の名前を呼ばないことだけはわかっているようだった。
以前は業界人御用達ではあっても、直接京助には関係はなかったのだ。
だが今現在、幸か不幸か業界関係者と顔見知りになってしまった。
クソ、もうこの店も今夜限りだ。
京助は心の中で言った。
実際好き好んでこの店に来たわけではない。
美沙のこともあって以来、仲間は仲間だが、わざわざ自分の恋人を紹介しても仕方がないと思うようになった。
美沙のように、生きる世界が違うだの、セレブ感を振りまいてからかう理香や速水に対して卑屈になってしまったりだのと、そんなやわな神経をこの千雪は持ち合わせてはいない。
だが、仲間うちで広まってしまった、例の、「京助の真夜中の恋人」探し、をやめさせなくてはならなかった。
本当のことを言えば、千雪が怒るのは目に見えていた。
だがここで仲間たちにきっぱりはっきりさせておかないと、と京助は少し焦っていた。
何を、といえば、千雪は京助の恋人であることを、だ。
いや、ただの自己満足なのかもしれない、とはわかってもいた。
そんなことで、千雪を繋ぎとめておけるものなら、だ。
研二の上京の話を聞いてから、京助の中で、次第に研二の存在を脅威と感じるようになっていた。
研二は結婚して子供もいる、だからこそ千雪との毎日を何ごともなく過ごしていられた。
だが結婚という枷から研二は逃れ、さらには上京してくるという。
俺は千雪と、あのクソ狭いアパートで、平穏な毎日を過ごせればそれでよかったのだ。
俺が作った料理を美味そうに食べる、ちょっと面倒臭がりの千雪と一緒に生きて行ければそれだけで。
研二もあの日向野とかいうウザい女も、散れ、と言いたい。
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