「ああ、ほな、どうぞ、狭いとこやけど」
「相変わらず本ばっかやな」
千雪は麦茶を入れたグラスを持って来て、ソファに座る二人の前のテーブルに置いた。
「ほんま、狭いな。いつまでここにおるつもりや? ベストセラー作家の住むとこやないで?」
三田村がまたそんなことを聞いた。
研二はざっと目で見まわして、「せやな、物、いうか本があふれとおる」という。
「ここ築何年言うた? そろそろ取り壊しとか建て替えとか言われへん?」
京助と同じようなことを三田村が言う。
「築四十年近い。せえけど、大学近いしな、狭うても慣れてしもたし。あんまり引っ越しとかしとおないな」
「ここ家賃いくらや?」
研二が聞いた。
「六万くらい。せや、松濤いうたか? 借りる部屋。高いンちゃう?」
「それが、芝さんの持ってるマンションで、破格で貸してくれるいうから、いくらや思うたら、六万やて」
研二に変わって三田村が答えた。
「ほんまに? そんならやっていけるか」
「まあ、やってみなわかれへんな」
どれほどの決意で東京くんだりにやってきたんだろう、と千雪は研二を見つめた。
「養育費とかも稼がなあかんし、遮二無二やるかないやろ」
「養育費………」
千雪は愕然とした。
別れても研二の子どもなのだ、当然養育費なるものも発生してくるわけだ。
「何でまた………」
思わず口をついて出てしまった。
浮気もしていないのに、妻に疑われただけでこの若さでしかも養育費まで背負うことになるというのに、なぜ別れなければならなかったのかと。
「俺が悪いンや」
苦笑気味に研二が言った。
「仕事にかまけて、真由子のことをちゃんと気にかけてやらんかったからや」
眉を寄せて千雪は研二の苦しそうな表情を見つめた。
「慣れん町で、しかも親と同居やし、真由子は一人でストレスを抱え込んでしもた」
それはあくまでも優しい、研二の言葉だった。
ただ、菊子の話では、真由子は、江美子や菊子まで研二の浮気相手だと問い詰めて回ったという。
「このままやと自分の精神状態が子供にも悪い影響を与えるし、別れてくれ、言われた。真由子は自分のせいやからいうて、子どもは自分が育てるがいつでも会えるようにするし、将来、店を継いでほしいいうことなら、どちらの子かにていうことまで、うちの親に頭下げて」
研二は淡々と語った。
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