「ま、結婚なんてそんなもんかもな、研二。今は考えられへんやろけど、お前も時間が経てば、そのうちセカンド婚や」
「なんやそのセカンド婚て」
研二が苦笑いする。
「俺はファースト婚にも至らんかった」
三田村は大仰にがっくりと項垂れる。
「それこそ、うまくいっとったんやないのんか? 桐島と」
研二が聞いた。
「まあなあ、俺もそう思うとったんやけどな」
「桐島は実際何て言うたんや?」
千雪も気になっていたことを三田村に聞いた。
「タイミングもあるんかもとは思うけど、桐島、ちょっと壁に当たってるとか、前に言うてたんや」
「ピアノ?」
三田村は頷いた。
「やっぱ、アーティストとか、俺の理解の範疇外いうこっちゃな」
「芸術は理解とかしよう思たらあかんで?」
千雪がするりと言った。
「貴重な意見や、お前のおかあちゃん、壁にぶち当たったりせえへんかった?」
三田村は俄然、目の色を変えて千雪を見た。
「うーん、色がでないとか、形が気に入らんとか、そんなんよう口にしよったな」
「そういう時、お前とか小林センセはどないしてたん?」
「何も。また言うとるくらい? 知らんうちにご飯抜きになってしもたみたいなことはようあったな。そういう時は出前頼んだり、俺が弁当買いに走ったり」
ささやかな日常が千雪には今でも目に見えるようだ。
「うちの親父も本の執筆とか、論文とかでメシも食わずに部屋に籠っとることもあったしな」
「ああ、要はアーティスト夫婦やったから、うまくいったんや!」
三田村は肩を落とす。
「やっぱ、あれや。ただのリーマンやなんかあかんわ、て思うたんかもな、桐島のやつ!」
「喚くな」
声を大にする三田村に千雪が言った。
「それこそ、時間が経てばまた桐島から何か言うてくるやろ」
研二が言った。
「おい、それより、部屋、見に行くんやろ?」
壁の時計を見て千雪が立ちあがった。
「ああ、午後イチや。直接管理人が部屋に入れてくれることになってる」
研二も立ち上がる。
何やらしょぼくれたままの三田村も玄関に向かった。
テーブルの上のグラスをシンクに持って行ってから、千雪はリュックを引っ掛けて二人のあとを追う。
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