「風呂はでかいから、研二でも十分入れるし、何よりここ天井高いからええわ。俺もここ住みたい」
「残念ながら、今空きはないんですよ」
三田村の科白に増田がすまなそうに言った。
「あ、いや、ええんですけど」
「けど、ほんまに、ええなあ。三田村やのうても住みたいわ」
千雪が言うと、三田村が振り向いた。
「二人でも住めそうやん」
「あの、芝さんからはご家族でもどうぞということでしたが」
二人の言葉に反応した増田が尋ねた。
「いえ、俺、一人ですから、ほんまにもったいないくらいな部屋ですわ」
そういう研二の表情は少し寂し気に、千雪の目には映った。
これまで家族だった顔が今は傍にないというのは、何より哀しいことだと思う。
「これだけ広かったら、そのうち子どもが遊びに来ても走り回れるくらいやで」
「せやな、もう二、三年はまだ走り回れへん思うで?」
研二を励ますために言った千雪を研二はクスリと笑う。
「まだ乳飲み子や」
三田村が口を挟む。
「やから、時間が経てば、真由子さんも落ち着かはって、またモトサヤに収まることかてあるやろ」
千雪の言葉に、研二は「せやな」と言ったが、さっきよりさらにその目の中に哀しみの色を見た気がして、千雪は心の中でしもた、と思ったのだが、もはや遅い。
「さあて、もう決まりやな。WIFIもOKやし、ほな、今度は家具、買いに行くんやろ?」
研二と千雪のようすを見て、いつも以上に明るい口調で三田村が二人を促した。
三人は渋谷に出て三田村のお勧めのラーメン店でまず腹ごしらえをすませると、家具を見るという研二に付き合って移動した。
「やっぱ家具やったら、あれや、イセアやな」
ハンドルを切りながら三田村が言った。
「イセア? 海外の店か?」
後部座席に座る研二が聞き返した。
「おう、知っとるやないか、北欧の家具屋や。ほかにこれがええいうんがあったら、言えよ」
「俺は使えればええ。何せ、金はあんまりないからな」
「ベッドとテーブル、椅子は最低限いるやろ」
千雪が研二を振り返る。
「それと調理用具は必須やな」
「まあ、鍋釜はいるか。菓子用の道具、店の方は見てからやないと発注でけんけど、自分用にうちの取引先に一式頼んであるんや」
「そうか」
いずれにせよ研二は前向きに進もうとしているのだと、千雪は研二の意気込みのようなものを感じた。
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