「十一月最初の週末だったか? 兄貴がチケットやホテル用意するって言ってたから、まあ仕方ない。終わったらとっとと帰るぞ」
「パリ見物はせえへんのか?」
からかい気味に千雪が聞くと、「学会の準備でクッソ忙しいって時に、悠長なことしてられっか」と京助はイラつきながら言い放つ。
「ほな、俺一人で見物してこよ」
「何だよ、端っから行きたくねえって言ってたのに」
怪訝な顔つきで京助は千雪を睨む。
「行かざるを得ないんやったら、せっかくやしな。俺、初めてやからパリとか。小説のネタになるか知れんし」
「勝手にしろ」
「勝手にするわ」
ふと、千雪は思ったのだ。
次は京助さんの番ですねえ、という俊一郎の言葉が耳から消えない。
日向野を断っても、そのうちいい方がきっと見つかりますよ、なのだ。
いい年になった男にはごく一般的な話なわけで、紫紀と小夜子が無事結婚した暁には、当然次は京助だと、やはり、京助の両親もそう思っているわけだ。
無論決めるのは京助なのだろうが、結婚なんて案外、小夜子のように、そうね、でOKしてしまえるものなのかもしれない。
あれだけ猛のことを愛していたはずの小夜子も、時が経てば思いも変わるし、いつまでも同じ場所にはいられない。
無論猛の死は乗り越えたというわけではないだろうし、ただ、前へ一歩進んでいくだけなのだが。
紫紀もそうだ。
元の妻麗子とは円満離婚だったという。
人の思いは時を経るにつれて変わっていくものなのだ。
京助もそうだ。
自分にひどく固執しているように思える京助の心のうちも時が経てば変わっていくだろう。
いきなり離れることはできなくても、少しずつ距離を置いて行けばいいだろう。
そう言えば、大長とはちゃんと話をしたのは今夜が初めてだった。
母の夏緒の絵をいいと言ってくれたのはよかったと思うのだが、結局、大長にとっては自分は小夜子の従弟で原夏緒の息子というだけなのだ、と理解した。
あれだけ大きな会社を動かしている人間だから、きっといいものを見る目は嫌でも養われているんだろう。
少なくとも俺のことは、速水の言う探偵小説作家くらいにも認めてへんかったいうことやな。
まあ、小説や探偵小説なんかに興味のない人間なんか五万といるやろけど。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
