かぜをいたみ19

back  next  top  Novels


 映画同様全面的に工藤に任せてあるので、千雪は脚本やキャスティングにも一切口を挟むことはしていない。
 それにしても、工藤に押し切られて映画化された『花のふる日は』は千雪の想像を遥かに超えた興行成績を叩き出し、業界では良くも悪くもまた鬼の工藤がその名を知らしめたと、ニューヨークにいた頃ネットの記事で目にしたものだ。
 工藤が広域暴力団中山組組長の甥などという生い立ちを背負っているのは業界でも知られた話だが、こうした業績を目の当たりにすれば、強引でさえある工藤の実力の程を評価せざるを得ないわけだ。
 使えなければ容赦なく切り捨てる非情さも業界では有名だ。
 にもかかわらず、工藤のプロジェクトに関わった俳優や制作陣までが着実にランクアップしていることから、彼に近づこうとするものは後を絶たない。
 女に限らずだ。
 何年か前に工藤を巡っての女同士の争いをマスコミに叩かれ、躍べないまま自殺した女優もいたことから、工藤のダーティな部分のみが強調されてきたきらいもある。
 千雪が工藤と出会った頃、工藤という男を極悪非道なやつと思い込んでいたのも、工藤があえて露悪的に演じていたのだと今は思っている。
 自分と同じちゆきという名の工藤の恋人が、彼との仲を親に引き裂かれて自殺したのだと、軽井沢の別荘を守っている平造老人から聞いたのは、散々工藤を人非人と罵ってしばらくたってからだった。
 その頃から少しずつ工藤に対するイメージが変わっていった。
 どうせヤクザの作った会社だ、とよく調べもしないで警察も特に下っ端の刑事たちは思い込んでいるようだが、青山プロダクションは工藤が育ての親である母方の曽祖父母から受け継いだ財を元手に興したものだ。
 敏腕プロデューサーでもある工藤を社長に、タレントを含めても総勢十数人と会社の規模は小さいが、青山プロダクションは着実に揺るぎない地位を確保しつつある。
 そう言えば、近年その青山プロダクションに入社した新入社員が広瀬良太という名前で、鈴木さんの話だと、彼はまさしく工藤の手足となって動かされているようだ。
 しかも広瀬は千雪の講義を取ったこともあるT大法学部の出身で、在学時は野球部に所属していたという。
そういえばその広瀬が野球部のエースだった時は、まがりなりにも六大学野球で野球部設立以来の好成績を収めていたことは千雪も耳にしたことがある。
 ただ、その広瀬の顔だちなどがどうにも思い出せないのだ。
 そんな猛者が、講義うけてたやろか。
 たまたま千雪が青山プロダクションに立ち寄った時にはいつも出かけていて、まだ本人には会ってはいないが、どうやら工藤は結構広瀬を気に入っていると千雪は見ている。
 さて、千雪がMBC本社ビルの指定された会議室に現れると、集まった面々から微妙などよめきが沸いた。
「小林千雪先生、この度はご足労お掛け致しました、よろしくお願いいたします」
 MBCのプロデューサーが千雪に挨拶をするのだが、臭そう汚そうイメージを聞き及んでいるらしく何やら腰が引けているのがわかると、千雪は少しばかり満足する。
 もういっそ、着物に袴で来ればもっと面白いリアクションが見られたのにとも思うのだが、さすがに道場で着慣れているとはいえ、あれを着て街中を歩くのは不便極まりない。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村