かぜをいたみ2

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 前々から空いているから越さないかと京助だけでなく、京助の兄の紫紀やその妻で千雪の従姉である小夜子にまで心配されたこともあり、やむを得ず引っ越しを余儀なくされた千雪だが、本当を言えば、自分の部屋など自分で探したかった。
 もともと紫紀の持ち物で海外から赴任した社員向けに父親がCEOを務める東洋グループに貸し出していたマンションだったが、十戸ほどあるこのマンションは紫紀から贈与され今は京助が所有者となっている。
 そのため、当初京助は家賃も取ろうとしなかった。
 それが千雪は気に入らなかった。
「取らないなら出ていく」
 そう言って聞かない千雪に折れて、京助は不承不承家賃を受け取ることにした。 
 さて、帰国してすぐ空き巣及び引っ越し騒動に振り回され、マスコミにまで騒がれ、千雪の不機嫌度はマックス状態だったところへ、工藤のテレビ出演の依頼で、工藤にしてみればバッドタイミングに千雪の八つ当たりのとばっちりを受けたといえる。
 最悪だった出会いの頃からみれば、工藤との関係はそれほど悪くはなかった。
 留学前、千雪が急逝した幼馴染の江美子のことややはり幼馴染でおそらく高校時代まで互いに思い合っていたはずの研二が離婚して上京したこと、それに京助とのことやらいろんなことが折り重なって千雪の精神状態を麻痺させたために、一時文章が書けなくなったことがあったが、その時も無理に書かなくてもいいと言ってくれたのは工藤だった。
 その代わり、映画のプロモーション関連ではリモートでの打ち合わせだけでは飽き足らず、ニューヨークまで嘱託カメラマン付きでやって来て写真を撮ったりだけでなく、講英社の編集者多部を紹介してくれたのは工藤だった。
「小林先生の小説のファンなんですよ。いつでもかまいません。もし書けるようになったら連絡ください」
 千雪の小説のファンで丁寧な対応をしてくれる多部に好感を持った千雪は、知らない土地で悠々自適に過ごす毎日の中で次第に自分を取り戻し、少しずつではあるが文章も書いてみたりするうちにある程度まとまったところで、多部に連絡を取ってみた。
 アメリカで過ごして一年程経っていた。
「なんか、…………すごくいいじゃないですか。今までになく斬新で」
 リモートの画面の向こうで多部は感激してそんなことを言った。
 ミステリーの短編をいくつか送ったが、やがて小林千雪の新作として出版されたそれは、講英社という大手で、広告宣伝力の強さも功を奏してか、干された新人がまた世に出るのは至難の業だと脅した以前の編集者の言うジンクスは払拭され、いつの間にかベストセラーになっていた。
 映画もそこそこヒットし、新作がベストセラーとなれば工藤が黙ってはいなかった。
「弁護士シリーズのドラマ、やることになった」
 工藤が連絡してきたのは、千雪と京助の帰国が近くなった頃のことだ。
「え、ドラマて、確かもう、去年の秋に放映されたン違います?」
「ああ、NTVはな。今度はMBCでやる」
 紹介してくれた多部は好感が持てるし、映画も千雪の予想を裏切ってヒットしたからには、工藤は強気だった。
 千雪はもう勝手にやってくれとばかり、「俺は何もタッチせえへんから」という条件でドラマにもGOサインを出したのは留学中だったからか、日本でのことは遠い向こうの話のような気がしていた。
 帰国後でなかったことは工藤にとっては幸いだったに違いない。

 


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