かぜをいたみ22

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 千雪はそして大澤の手にあるのが自分の眼鏡だということも瞬時に理解した。
 互いに言葉がないまま、大澤はまだ千雪を凝視している。
 千雪は心の中で舌打ちする。
 こんな状況は予想していなかった。
「まっさか、こーゆーカラクリとは……お天道さまでもご存じないと……」
 大澤はニヤリと笑う。
「あんたの声、どっかで聞いたと思ってたんだ」
 その科白は、あのクラブでのことはしっかり覚えているぞ、という意味合いを含んでいる。
「どうもおおきに。おかげで助かりましたわ。眼鏡、下さい」
 あくまでもシラを切り、手を延ばそうとした千雪の手から、大澤は眼鏡を遠ざける。
「新人どころじゃなかったってわけか……センセ……工藤がセンセを贔屓するわけだな、こりゃ。オッドロキ!! あの小林千雪がこんな超ビジンだったなんてな!」
「メガネ、返してんか!!」
 頭の痛みが殆ど消えた千雪は、きつい言葉で睨みつける。
「ヘラヘラうるさいガキが、かあ?」
 面倒な相手に知られたと千雪は思う。
「おい、何だ、こりゃ、ただのガラスかよぉ!? 一体全体この謎はどう説き明かされるんだ? 名探偵さんよ?」
「返せいうてるやろ!」
 大澤は千雪の手をスルリとかわす。
「マスコミに流したらこんなスクープ、滅多にないぜ? ひょっとして、仕事は工藤のベッドでおねだりしたわけ? センセ」
 ニタニタと笑いながら大澤は下卑たセリフを尚も言いつのる。
「それがどないした?」
 イラついていた千雪は、急激に頭が冷えるのを感じ、怜悧な視線を大澤に向ける。
 一瞬、大澤は口を噤んだが、すぐにまたヘラヘラ笑う。
「開き直りか? こりゃ、まいったね」
「何をしようと俺の勝手やし。吹聴するんもお前の勝手や。キャスティングだけやない、作品自体何も口挟んだこともない、何もかも工藤さんに任せているさけな。けど、工藤さんは何も言うなとは言うてない。俺がお前のこと言うたら、お前かてどうなるか、わからへんで」
 脅しには脅し、ビシッと言い切ると、千雪は大澤の手からメガネを取り返し、トイレを出る。
 ったく、だから嫌いなんや、業界なんか。
 ちょうどやってきた工藤に気づいたが、大澤のことを話すのも面倒でやめた。
「おい、どこ行くんだ?」
 工藤が千雪に声をかけた。
「帰る!」
 千雪を追ってトイレから出てきた大澤が工藤に何やら話しているのが聞こえたが、千雪は一切無視して踵を返すと、スタジオを後にした。

 


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