かぜをいたみ30

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「ほな、桐島にも言うとく。あいつもその頃、スケジュール入れずに帰国する言うてたし」
 三田村がそう言った時、エレベーターが開いた。
 二人の女性が最初に降りた。
 千雪が、アレっと思ったのはその時だ。
 去って行く女性の後ろ姿を見つめたが、何が引っ掛かったのかに気づいたのは、京助の車に乗り込んでからだ。
 ああ、せや、携帯。
 さっきの女性のうちの一人が持っている携帯を以前にもどこかで見た気がしたのだ。
 いつ、どこやったっけ?
 深く溜息をつく千雪を見て、「酔ったのか?」と京助が聞いた。
「平気や。ただ、思い出せへん」
「ああ?」
「いや、どうでもええこっちゃ」
 数分後には、京助の運転する車は滑るようにマンションの駐車場に入って止まった。
 シャワーを浴びて出てきた千雪はバスローブのままポカリのボトルを手に、書斎スペースにしている大きなデスクでノートパソコンを睨み付けている京助の向かいに腰を下ろした。
 日本に戻ってきて数カ月。
 帰国早々引っ越しを余儀なくされ、こうして今いるのはもともと京助が住んでいる部屋の真下にある部屋で、メゾネット式になっていて京助の部屋と似たような造りなのだが、そこここに置いてある京助の本や衣類などで、まるで以前のアパートと同じような状況が繰り返されている。
 つまり、ここは一応千雪の部屋となっているはずだが、クローゼットには京助のものが増殖し、食器はよく使うのは二人分、キッチンの大型冷蔵庫は京助が買ってきた食材で満杯、冷凍室には肉類や海老、魚類の他、パンやスコーン、レンジでチンすればすぐ食べられるシチューや野菜、ハンバーグや煮物などが小分けにして冷凍してある。
 確かに前より何倍も広い部屋で、これなら二人と言わず三人でも暮らせそうではあるが、たまに必要なものを自分の部屋に取りに行く以外、京助はほとんどこの部屋にいる。
 つまり前と同じ半同棲生活が、留学期間を飛び越えて、ただ部屋が変わっただけで続いているのだ。
 少なくとも留学中は京助の母親の家に住むことができたので、京助も千雪もそれぞれに部屋があったが、このマンションの造りは、メゾネットで階段を上がったところが寝室となっているだけで、他はバスルーム以外ドアなどの仕切りがないため、余計に前のアパートの拡大版のような生活になっている。
 ただ、何かにつけて京助に文句を並べ立てている千雪だが、徐々にこの部屋に慣れてきたし、前のアパートのように窮屈さは感じない。
 増えた仕事と言えば、置いてある観葉植物にたまに水をやるくらいだろう。
 バスルームやトイレの掃除くらいはするが、他はほとんどしないズボラな性格の千雪だが、ありがたいことにこの部屋は京助の部屋とともに週一でハウスキーパーが入ってくれる。
 東洋商事が契約して、このマンション全体にハウスキーパーが入っている会社なので、セキュリティ的にも信用を置いている。
「あ」
 千雪は不意に思い出したことがあった。
「何だ?」
 向かいの京助が胡乱な目を向ける。

 


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