ACT 4
煮詰まった時、バイクでひとっ走りするのが、千雪の解決方法の一つで、車より直に風を感じられるのが好きだった。
ただし猛暑日はライディングウエアのチョイスが重要で、メッシュジャケットや温度調節に適したインナーも必須だ。
今日もモルグに籠っている京助には申し訳ない気もしないでもないが、早朝まだ気温が上がり切らないうちに、千雪は横浜へと向かった。
目指したのは横浜にある美術館だ。
昨夜のネット情報では、美術館のコレクションにあるマグリットが見られるらしい。
帰国してからというもの、歓迎しない有象無象が一気に押し寄せてきた時は、何もかも放り出して逃げ出したい気になった千雪だが、最近ようやく少し日本の生活に慣れ始めてきた。
日中一番気温が上がりそうな時間を美術館で過ごし、山下公園のあたりまで寄り道をして海を見ていた時だった、携帯が鳴った。
しまった電源を切っておくんだったと思ったが、一度放っておいたが二度目に鳴った時は仕方なく電話に出た。
「……今、執筆中なんで」
「ウソつけ。煮詰まってふらふら遊びに行ってるんだろ。笑い声が聞こえるぞ」
あっけなく工藤にウソが見抜かれてしまったものの、「やからせっかくいい文章が浮かんできよったのに、何か用ですか?」とつっけんどんに言い返す。
「ドキュメンタリーの編集が大体終わったんだ。一度目を通してくれ」
「はあ? そんなんそっちで勝手にやったらええでしょ」
「いいのか? 見せたくないものがテレビに映ったって知らないからな」
そう言われるとどっちに転んでもイライラが収まりそうにない。
「お前のコスプレ事情も考慮して時間を取ってるんだ、今夜なら時間がある」
そっちがドキュメンタリーの出演を押し付けたくせにとは思いつつも、仕方なく千雪は夜に青山プロダクションに出向くことにした。
「ったく、せっかくいい気分でおったのに」
ベンチに座ってポカリスエットを飲んでいた千雪は、それでもしばらくぼんやりと海を眺めていた。
八時頃行くことにしたので、横浜を出たのは夕食に品のいいカフェを見つけてカレーを食べてからだ。
慌てずに下道で軽快にバイクを飛ばし、乃木坂に着いた時は八時少し前だった。
裏から駐車場に入ってバイクを止め、表に回って階段を上がろうとしたその時、エントランスの柱を背にヘナヘナと崩れ落ちる人影が見えた。
ちょうど警備員室からは斜め後ろになるので警備員は気づいていないうようだ。
いずれにしてもスーツを着ているようなので酔っ払いか何かかと思った千雪だが、男が顔を上げた時街灯に照らし出されたその顔が傷だらけなのを見て取り、慌てて駆け寄った。
「あかん、ひどい怪我やで」
千雪が声をかけてすぐ、男は気を失った。
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