大石というネームプレートを胸につけたスタッフが、淡いピンクからくすんだピンクのバラを組み合わせてシックなブーケを作っているうちに、千雪はまた一通り店内や花を見て回った。
そしてカウンターに戻ってきた時、壁に三号くらいの絵が飾ってあるのが目に止まった。
油彩だろうそれは、明るい光が降り注ぐ空間に、幼子の笑顔が描かれていた。
幼女と見えるその絵は幸せそうな色で溢れていた。
母の夏緒も千雪をはじめ江美子や研二やそれにマックをよく描いていたが、壁に飾ってある絵には、母の絵に感じた幸せな空間に通じるものがあった。
千雪は出来上がったブーケを見て頷いた。
「素敵です。ありがとうございます」
クレジットカードを差し出しながら、さてこのブーケをどうしたものか、とは思う。
誰ぞの誕生日、最近なかったやろか。
「あの絵、すごくいいですね」
千雪は言った。
すると大石は壁を振り返り、「ああ」と口にして、困ったように笑った。
「ありがとうございます。いい絵でしょう。以前、うちにいた人が描いてくれたんですけど」
そこで大石は言葉に詰まる。
「そうなんですか、幸せが溢れている感じがします」
途端大石は顔を両手で覆った。
「ほんとに、可愛い子でしたよ。まさかあんなことになるなんて」
「え? 何か、あったんですか?」
いきなりまさかの展開か、と千雪は思う。
「覚えてらっしゃらないですかね、あの子、十年前、誘拐されて」
尻すぼみに大石の声が小さくなった。
「え、まさか、未解決の? 確か、春奈ちゃん事件」
大石は千雪を振り返った。
「そう、そうなんですよ! ほんとに可哀そうで可哀そうで、あの絵、お母さんの奈美さんが描いてくれたんです。美大出身とかで、ずっと絵を描いてるって、春奈ちゃんの絵もたくさん……」
大石は感極まってまた言葉に詰まり、涙目になりながら続けた。
「春奈ちゃんが亡くなって、奈美さんは桐生の実家に帰ったんですが、つい最近、彼女が亡くなってたことを知って、もう、ほんとに言葉もないわ」
「それはほんとに悲しいですね」
何度も頷きながら涙を手で拭っていた大石は、「そうそう、こないだハガキが届いたんです」と言いながら、カウンターの引き出しからそのハガキを取り出した。
「ご両親が、奈美さんの遺作展をされるとかで」
大石が見せてくれたハガキは、その遺作展の案内状だった。
桐生市内のギャラリーで期間は来月の十日までとあった。
「いい絵ばかりですね。俺、絵が好きですよって、行ってみたいな。これ、写させてもろてもええですか?」
「まあ、どうぞどうぞ。私も奈美さんとはずっと一緒に仕事してましたから、行きたいのは山々なんですけど、ほらもう、世の中、ハロウィンが終わったら次はクリスマスでしょう。スタッフが一人やめたんで、忙しくなるばっかなんですよ。とりあえずギャラリーにお花は贈ったんですけどね」
ハガキの表には奈美とみられる写真もあった。
「奈美さん、おきれいな方だったんですね」
「そうなんですよ。でも、全然きさくで、子供思いで、働き者で、いつかは個展やるのが夢だって」
「美大って、もしかT美大とか?」
千雪は最近聞いたことのある大学の名前を言った。
「そうそう。そこの油絵科だって言ってました」
T美大? 適当に言っただけなのに何だろうこの符号は。
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