春立つ風に101

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 妙な騒ぎがあったし、明日の仕事を考えて九時にはお開きとなり、各々タクシーでホテルへと帰っていく。
 良太は千雪や辻とともに全員がタクシーで帰路につくのを見送った。
 工藤と日比野、浅沼の三人がタクシーを捕まえると、助手席のドアが開いて乗り込もうとした工藤が良太を振り返り、「千雪のところだな?」と聞いた。
「はい、お疲れ様です」
 工藤らを乗せたタクシーが走り去ると、「さて、俺らも帰りまひょか」と辻が駐車場へと歩き出す。
「やっぱ、ホテル行きたいんちゃう?」
 その後をちんたら歩きながら千雪がまともに良太に聞いてくる。
「違いますって」
 良太もムキになって返す。
 ところが五分ほど走った頃、良太が「あ、しまった」と言う。
「どないした?」
 助手席の千雪が良太を振り返る。
「いや………、またの時でいっか……」
 実のところ工藤に逢う口実の一つでもあったのだが、日本の文化を扱ったドキュメントのプロジェクトで、佐々木淑陽、檜山匠、黒岩研二、五所乃尾理香以外に、表具師や陶芸家、織物職人など数名にコンタクトを取り、リストアップした書類を良太は工藤に渡そうと思っていたのた。
 工藤に一度目を通してもらってから、実際にアポを取って会いに行くつもりでいた。
「またの時でもええかもしれんけど、早い方がええんちゃう?」
 千雪に問い詰められて、良太は一応説明した。
「ほな、とりあえずホテル行って渡すだけ渡してきたらええやん」
「はあ、まあ」
 ということで、辻は車をホテルへと向けた。
 ホテルの駐車場へ車を滑り込ませた辻は、「ここで待っとるわ」と言った。
「ああ、やっぱ泊まるいうことになったら、一応ラインせいや」
 千雪がつけたした。
「なりませんてば」
 良太はそう言い残し、エレベーターでロビーフロアへと上がる。
 部屋に行くためには、エレベーターを乗り換えなくてはならない。
 ロビーでドアが開くと、工藤の部屋へ行くエレベーターに乗り換えようと一旦降りた良太だが、ふと足を止めた。
 ラウンジに工藤を見た気がして、良太は振り返った。
 え、工藤?
 間違えるべくもない工藤がラウンジで誰かと向かい合っている。
 良太は工藤に気づかれないようにこっそり、さりげなくその相手を確認した。
 誰だ?
 清楚な美人という感じだった。
 業界関係者でもいわゆるプロの女性でもない雰囲気だが、自然な笑顔、長い黒髪を後ろで結わえ、どちらかというと堅いスーツを纏っている。
 年齢不詳という感じだが、落ち着き方から二十代ではないような気がした。
 また笑顔を見せたその女性は、地が整っているのだろう、じっと工藤を見つめる目が印象的な、薄いメイクでもくっきり美人だ。
 やたら心臓の音だけがドクドクと身体中に響く。
 何を話しているのかわかるところまで近づく勇気は良太にはなかった。

 


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