春立つ風に163

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「いや、良太、ほんまに工藤さんのことになると、脇目もふらずやな思て」
 そんなことを言われて良太はちょっと眉を顰める。
「からかわないでください」
「いや、悪い、実は、工藤さんに雷落とされたんや。最後にちょっとやりあったなんて言うてもたもんやから、腕に自信があろうが、素人がそんな連中にわざわざかかわるな、てな」
 それを聞くと、良太も、「そうですね、確かに」と項垂れる。
「今さらやけどな。辻なんか高校生の頃、ようヤクザの下っ端とやりおうて、豚箱行きにしたった、やなんて言うとったし」
「いや、辻さん、凄むと充分ヤクザ屋なんかより怖いですよ」
「いずれにしろ、みんなカタギやからな。ってか、これ、加藤から渡してくれて言われとったんや。諸経費の請求書」
 千雪がバッグから封筒を取り出した。
「あ、すみません、また、皆さんにはどっかで飲み、お誘いしますから」
 良太は封をしていない封筒を開けて請求書を取り出した。
「え、これ、違いますよ、宛先」
 金額は想定したより遥かに抑えてある上、工藤宛となっている。
「それがや、良太に請求する言うたら、俺に回せて、工藤さんにどやしつけられたんや」
 良太はがっくり肩を落とした。
「工藤さん、もうこっち帰っとるんやろ? 良太もどやしつけられるで」
「だからさっき、夕方『夕顔』に来い、とかって命令しやがったんだ」
 千雪は笑う。
「笑いごとじゃないですよ」
「ええやん、ようやっと、二人きりで逢えるんやし」
 そう言われて良太は、はたと押し黙る。
「なんや、浮かん顔して、何で柏木なんかに目移りすんなやて問い詰めたらええやろ」
 良太は眉を顰め、うーん、と唸る。
「工藤さんと俺、上司と部下なわけで、本来なら、その、付き合ってるみたいなそーゆー関係ってか、よろしくないわけで……」
「今さら、何ゆうてんの? それに、みたいやのうて付き合うてるやろ」
「いや、……その……」
 その辺のことは良太にとっては複雑な思いがあるのだが、それより海老原に知れていたり、小笠原が美亜にだが口を滑らせたりしたことが、会社にとってまずいことになるような気がした。
 良太がそれを口にすると、「アホか」と千雪に思い切り呆れられた。
「海老原とか放っとけばええんや。第一、今夜工藤さんと会うんやろ? 鬼の工藤が顔みたいんは良太なんやからな」
「はあ………」
 良太は間の抜けた返事をする。
 その時、良太の携帯が鳴った。
 誰だろうとポケットから携帯を取り出した。
「ああ、モリーか。何かあった? え、新宿だけど」
 森村は渋谷にいるので、これから会えないかと言う。
 千雪と京新プラザホテルにいると言うと、そこへ行くと言って切れた。
「モリー? なんぞあったんか?」
 森村と言えば波多野の部下で、どうしてもそんな風に考えてしまう。
「いや、よくわからないんですけど」
 良太は首を傾げた。

 


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