春立つ風に165

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「あ、うまそう、ケーキ食べよっかな」
 ウェルカムボードを横目に能天気そうに二人に近づいてきたのは森村だった。
 黒のニット帽、パーカーの上にレザーのスタジャン、デニムを履いてリュックを背負った森村は、リュックを足元に降ろして良太の横に座った。
「何ぞあったんか思うたやないか」
 千雪が森村に言った。
「ええ? そんないつもいつも何かあったら嫌ですよ」
 メニューを持ってきたスタッフにコーヒーとミルフィーユを頼むと、「実は、良太さんにお願いがあって」とすぐに切り出した。
「俺に?」
 意外な展開に良太は森村を見た。
「何かバイト、ありませんか? 良太さんならいろいろ顔広そうだし」
「バイトって、ADやってるんじゃないのか?」
「それもバイトです。京都の撮影終わったら、俺、無職なんで。日比野さんにまた声かけてもらうまでは」
「そうなのか? ってか、例の上司は?」
「ああ、あっちも似たようなものだし。基本的に自分で仕事を摺るようにって言われてるんで。一応、部屋代食費は稼がないと」
 良太は千雪を見た。
「え、俺、てっきり、その上司がモリーのこと生活とかも面倒みてくれてるもんとばっかり」
「いや、一応俺、上司の養子ってことになってるけど、さすがにこの年で独立しないわけには」
「えっ、まっ、養子なのか? だって森村って名前だろ?」
 良太はあまりに思いがけない事情に驚いた。
「ミドルネームが俺の親の姓の森村だから」
「ミドルネーム?!」
「俺、日系三世でアメリカ人なんで、定住ビザっての? 更新してかないと。仕事に制限はないんだけどね」
 森村は運ばれたミルフィーユをパクパク食べながら説明した。
「上司はアメリカで生まれたから国籍二つあったんだけど、二十二歳までにアメリカ国籍を選んだわけ。だから同じく定住ビザ」
「そういえばネイビーシールズだって言ってたよね」
 良太は思い出した。
「うん。高校卒業したら独立って思ってたし、四年いて、G.I.ビルってやつで大学奨学金で卒業した」
「すっげ………めちゃくちゃえらい、モリー」
 感心しきりで良太はモリーを見つめた。
「や、別にそうえらいことやってないって。高校まで上司に鍛えられてたから、ほら、軍に入ってもさして問題なく」
「お前の上司、一体どんな鍛え方してたん?」
 千雪もそこを突っ込んだ。
「うーん、軍の訓練がこんなもんかって思う程度?」
「それ、めちゃくちゃ厳しくね?」
 ほとんど呆れて良太は言った。
「ってより、バイト、何かあったら紹介してください」
 飲んでいたコーヒーを置いて、森村は二人に頭を下げる。
「ああ、そうだ、『猫の手』さんは?」
 良太は千雪に聞いた。
「モリーなら歓迎するやろけど、『猫の手』自体、始まったばっかでいつも仕事があるわけやないし、みんなバイト掛け持ちやで」
「なるほど………」
 良太は頷いた。
「大学の専攻は何?」
「映画好きだったんで単純にN大の映像学科」
「映像だったら、佐々木さんとことか、どう思います?」
「ええんやない? 聞いてみたったら?」
 千雪も良太に聞かれて頷いた。
「ほかは業者さんに聞いてみるけど………」
「お願いします!」
 さらに深々と森村は良太に頭を下げる。
「今どこに住んでるんだっけ?」
「三軒茶屋です」
 ぢゃやなどの発音が時々妙なのは日系三世と聞けば納得だ。

 


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