春立つ風に169

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 駐車場で柏木が抱き着いてきたところを良太が見たのだと撮影中に千雪に言われ、ウザ過ぎる状況を知ってつい、その後スタッフに対する指示までが怒号のようになってしまった。
 スタッフはいつものことと、文句も言わずに動いていたが。
「どうだか。大体、結局あの人、ボールペンを持って逃げたんですからね。工藤さんのもんだと思って」
 口元でブツブツ呟く良太に、工藤は眉根を寄せた。
「ああ? 何だそれは?」
 ボールペンをあの女が持って逃げた?
 どういうことだ?
「別に俺には関係ないですけどね」
 良太は拗ねた言い方をして、また手酌で酒を飲む。
 ヤキモチを妬いているだけのようだと、工藤は鼻で笑う。
 ボールペンのことなどどうでもいいが、この分だと、いい加減に酒を取り上げないと早々に良太が潰れるだろうことは目に見えていた。
「まだ飲み足りないでしょ、シャチョー」
 ようやく工藤が座敷から良太を引っ張り出してスニーカーを履かせようとするが、ふらついてなかなかちゃんと履けない。
「また来まあす! ごちそうさまでしたあ」
 やっと立ち上がった良太は女将にへらっと笑う。
「あらあら、良太ちゃん、ご機嫌ね~。ありがとうございます」
 女将は良太に笑顔を向けてから、工藤にちょっと会釈した。
「あ、前田さんとこ、寄りましょうよ」
 足元もおぼつかなくなっている良太を支えながら店を出た途端、良太はてくてく先へ歩いて行こうとする。
「こら、危ないぞ」
 慌てて工藤はまた良太を引き戻し、肩を引き寄せる。
 確かに前田の店に寄りたい気分ではあったが、こんな良太を連れていっても爆睡するのがおちだ。
 案の定、良太は工藤の肩に頭を預けて半分寝ているような状態でなんとか足を動かしている。
 良太がこんな風に酔っぱらうのは決まって何か考え込んで頭をいっぱいにしている時だ。
 千雪から後々面倒なことになるんじゃないかなどと言われたものの、ここまで良太が柏木なんぞを気にしているとは思わなかった。
 時折きつい風が傍らを通り過ぎるが、空には寒月が冴え冴えと光を放っている。
 徒歩五分程の道のりを、良太を抱えながらオフィスに辿り着くと、警備のベテラン遠山が「お帰りなさい」と声をかけてきた。
「お疲れ様です」
 こんなちっぽけなビルには分不相応なセキュリティだが、工藤にはどうしても必要なシステムと人員だ。
 面倒臭いので工藤はそのまま良太を自室に連れて行くと、ベッドに放り投げた。
 大の字になって眠っている良太に苦笑し、工藤はコートやスーツを脱ごうとして、オフィスに置いたままだったはずのスーツケースが中に入れてあるのに気づいた。
 おそらく良太が上げたのだろう。
 だが、今はスーツケースを開くのは億劫で、そのままにしてバスルームに向かう。

 


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