春立つ風に172

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 オフィスからほんの二、三分にもかかわらず、コンビニに立ち寄ることも滅多にない男は、サンドイッチを二つとコーヒーを二つ注文してカップを二つ渡された。
 睨み付ける男が、どうしろというのだ、と聞いているのだと察した浦辺と言う名札をつけたスタッフは近くのマシーンを手で示す。
「あ、あの、そちらのマシ、マシーンでお願いします」
 強面のでかい男を見上げた浦辺は気配の怖ろしさについ噛んでしまった。
 男は浦辺のことなど知らなくても、浦辺の方は男が、向かいの青山プロダクションビルの社長で、工藤という何でもその筋のお偉いさんだという話はこの店でバイトをするようになってすぐに知らされた。
 工藤ってやつがこの店に来たことはないが、見かけてもくれぐれも近づくな。
 それが先輩スタッフからの最初の忠告だった。
 青山プロダクションという名前からも想像できるように、何人か俳優が所属していて、あの勝気で美人な中川アスカやめちゃ可愛い南澤奈々が出入りしているのを垣間見てから、やはりこの店はやめようかと思ったのも撤回して浦辺はバイトを続けていた。
 にこやかなオバサンや俳優のタマゴかなんかだろう若い男はよく店に立ち寄るが、社長の工藤は来ない、そう信じていた浦辺は、たまたまシフトを代わってやった先輩を呪った。
 来ないんじゃなかったのかよ!
 浦辺の恐怖に満ちた視線にウンザリしながら、工藤はコーヒー二つとサンドイッチを渡された袋に入れて店を出た。
 途端強風にさらされて、工藤は眉を顰める。
 チャコールグレーのニットにテーパードパンツ、その上に適当につかんだロングコートを羽織っただけで出てきたのだが、雪さえ降っていた京都より、時折吹き抜けるビル風のお陰で東京の方がずっと寒く感じられる。
 八時半を過ぎたところで、朝飯を何とかしないとと思って向かいのコンビニにやってきたのだ。
 朝食食べてくださいよ、と言う良太の言葉のせいではないが、ずっとホテルにいたので食事はきっちり済ませていた。
 何より、腹に何か入れておかないと、冬のロケでは動くのもきつい。
 自分の部屋ではコーヒーくらいは入れるものの、良太が用意してくれていたものを食べたりはしても朝など自分から摂ったことはない。
 工藤は食べなくてもいいが、時間がなくても朝は何か食べるのが当たり前で育った良太はそう言うわけにはいかないだろう。
 だが、さすがに今朝までもかなり無理をさせてしまった。
 いや、そんなつもりはなかったのだが。
 全く盛りのついた猫か、俺は。
 工藤は自ずから反省しきりで、こうして寄ったこともないコンビニなぞに足を踏み入れたわけだった。
 その頃、何もかもがぼんやりしていて、身体はぐたぐたで動かないので、良太はベッドの上に身体を起こした状態でそのままどのくらいそうしていたかわからなかった。
 ようやくデジタル時計を見ると、もう九時になろうとしている。

 


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