春立つ風に175

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「あら、お帰りなさい。随分お疲れね」
 うわ、鈴木さんにまで言われてしまうなんて。
 あれもこれも何もかも工藤のせいだからな!
 良太は力なく笑い、自分のデスクへ向かう。
「あ、そうだ、今日、工藤さんのお部屋、ハウスキーパーさん入りましたからね」
 コーヒーを入れてくれた鈴木さんを、良太は「えっ!」と見上げた。
「ほんとは明日の予定だったんだけど、紹介所の方で今日にしてもいいかって連絡が入って、今朝方、工藤さんにも確認したんですけどね、かまわないっておっしゃったし」
 いいわけないだろ、工藤!
 良太は心の中で工藤に怒鳴りつける。
 前のオバサンはいい人だったのだが引退したとかで、最近怖いオッサンに代わって、掃除から洗濯からきれい過ぎるくらいなのはいいけど、夕べ洗濯物のかごに俺の服入れちゃってたからあとで取り出そうと思ってたのに!
 あーあ、今さら後の祭りだ。
「そうだわ、森村さん、そろそろいらっしゃる頃ね」
 鈴木さんはウキウキとドアの方を見た。
 今朝、出がけに森村に、バイトの件OKそうだから履歴書を持ってくるようにと連絡を入れたところ、それなら今日にも行きます、と勢い込んでいた。
 五時少し前ならオフィスに戻れるだろうと言ったら、行きます、と言う返事だった。
 それを鈴木さんに話したところ、「まあ、新入社員さん、ついに決まったの?」と大歓迎で、バイトですと訂正しても、鈴木さんは鼻歌混じりに美味しいお菓子とお茶を用意しておかないと、と、絶対逃がさないぞ、という意気込みでお茶を出すくらい残業にしなくても大丈夫とまで言って待っていたのだ。
 時間にはきっちり、五時十分前に、森村がドアを開けた。
「いらっしゃいませ。森村さんですね」
「はい、森村繁久と申します。よろしくお願いします」
 九十度のお辞儀をする森村を鈴木さんが笑顔で出迎えて、窓際のソファへと案内した。
「社長、遅くなるかもなんで、俺に一任されたんだけど」
 今日はまたやたら元気なヤツばっかに顔を合わせるよな。
 良太は心の中でブツクサ呟きつつも森村の向かいに座る。
「これ、履歴書です」
 パソコンで打ち込んだらしい履歴書を見せられた良太はその内容に目を通した。
 ニューヨークで日系人の両親の間に生まれ、兄弟は無し、母は小学校の時他界。
 数人の里親の家を転々とした後、波多野樹の養子となる。
 日本語の森村繁久の名前の下に、Shigehisa Morimura Hatano と本名が書かれていた。
 高校を卒業後、海軍に入隊、ネイビーシールズに志願、入隊。
 四年の兵役を経て除隊後、G.I.ビルを利用してN大映像学科入学。
 卒業後、バイトを掛け持ちしていたが、日本にいる波多野に呼び寄せられ、CM関係で知り合ったという日比野を紹介され、ADとして仕事を始める。
 二十六歳というにはいささか童顔だが、それこそ鍛えているので脱ぐとすごいのは良太も知っている。
 ちぇ、どうせ俺は筋肉も消えちゃいましたよ。
 また工藤の言葉が蘇って、良太は心の中でうらぶれる。
「英語、中国語、日本語、しゃべれるのか。え、大型自動二輪車免許、大型二種免許、一級船舶免許? これ全部日本で取ったの?」

 


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