春立つ風に177

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「あら、三軒茶屋? 私、駒澤大学なのよ。同じ路線ね」
 森村が鈴木さんに定期の申請をすると、鈴木さんが「頑張ってね」とダメ押しする。
「そういえば広瀬さんは、どこに住んでるんですか?」
 聞かれて良太は一瞬戸惑い、人差し指を上に向けた。
「え?」
「ここの七階、一応、社員寮みたいな扱い?」
「うわ、いいなあ、社員寮他に空いてないんですか?」
 良太はうーん、残念ながら、と答える。
 しかもほぼ賃料も光熱費もないに等しいとか、説明のしようがない。
「たまたまなの。もともと社員寮というわけではなくて、社員の平造さんと社長の部屋があったんだけど、平造さんは今軽井沢にいて社長の別荘の管理をされているの。だから一つ空いただけなのよ」
 良太が答えに窮していると、鈴木さんがきっちりと説明をしてくれた。
「そっか。でもここまで三軒茶屋から二十分か三十分ですもんね」
 どんな部屋なのか鈴木さんに聞かれて、ワンルームでめちゃくちゃ狭いけど、家賃が五万と管理費が二千円もするんだと森村はオーバーアクションで説明した。
「一階なんだけど、上の階の部屋の音がやたら聞こえるし」
「あら、よくあるわねえ。駅から徒歩何分くらい?」
「歩いて十分かな」
「ニューヨークとかに比べたら、日本のアパートなんてウサギ小屋だって」
「ウサギ小屋?」
 良太の科白に、森村がえらく受けて、ケラケラ笑う。
「広瀬さんの部屋はどのくらいの広さ?」
「え、ええっと、十二畳くらいだっけ? ワンルーム」
「今度遊びに行っていい?」
「いいけど、猫いるよ」
「猫? 可愛い! 俺、犬も猫もウサギもハムスターも大好き!」
 そう言って笑う森村は無邪気で可愛い。
「あ、もう、こんな時間だし、メシ、食いに行こうか。奢るよ」
 もう六時になるのを見て、良太は先輩風をふかして言った。
「行きます!!」
 森村は即答する。
「鈴木さんも一緒にいかがですか? どうせなら歓迎会も兼ねて」
「あら、残念だけど、今夜は娘がハッシュドビーフを作ってくれるって張り切ってたから、お二人で行ってらっしゃい。歓迎会はまた今度ね」
 良太の誘いに柔らかく断りを入れて、鈴木さんは帰り支度を始めた。
 お疲れ様です、と鈴木さんを見送ってから、オバサンが混じらない方がいいと鈴木さんがさり気なく遠慮したんだろうと良太は察した。
 そんな風に考えなくていいのに。
 まあ、ほんとに娘さんが待ってるのかもだけどさ。
 何を食べようかという話になって、良太がコートを掴んだ時、またドアが開いた。
「あ、お帰りなさい」
 え、工藤、今日は遅いんじゃなかったのかよ。
 工藤のスケジュールは、良太の頭にしっかりインプット済みだ。
 午前中は美聖堂、午後は東洋商事の綾小路紫紀と会い、夜はまた斎藤に付き合って飲むという話だった。
「まだいたのか」
 工藤は強い北風とともにオフィスに入ってきた。
「お疲れ様です。明日からお世話になります」
 森村は工藤を見るとまた九十度のお辞儀をする。
 
 
 

 


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