春立つ風に179

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「はいっ! わかりましたっ!」
 威勢よく返事をすると、森村は最後にお茶を飲みほした途端、むせ返る。
「そんな、慌てなくても」
 良太は呆れながらも、そんな様子さえフレッシュに見えてくる。
 何か俺、ここんとこ年取った気分にさせられることばっか。
「ゲホッ…はいっ、すみません、つい、クセで」
「ああADとか、大変そうだもんな。京都、忙しかっただろ」
 良太は京都の撮影現場の緊張感を思い出して、森村に同情の目を向けた。
「ええもう、最初右往左往して怒鳴られっぱなしで」
「わかる。俺なんか入社以来ずっと怒鳴られっぱなしだから、もうそれが普通になっちゃって」
 良太はうんうんと頷きながら、お茶をコクリと飲んだ。
「工藤さん、半端ないですよね~、怒ると。ああ、でも確かに、小杉さんとか、志村さんとか、みんながビビッて首を竦めてるのに、動じてなかったなあ」
 森村が改めて言った。
「あの人もいい年なんだから、怒鳴ってばっかいると血圧が上がるからって言ってるんだけどさ」
 すると森村がケラケラ笑う。
「広瀬さん、長年連れ添った奥さんみたいなこと言ってる!」
 うっと、良太はお茶を吹き出しそうになって必死に堪えた。
 誰が古女房だよ!
「あ、そだ、あのさ、その広瀬さん、って、俺としては後輩ができたみたいでいいんだけどさ、やっぱ、良太でいいわ。会社じゃ、誰も広瀬なんて呼ばないし」
「わかりました! じゃ、良太さん!」
 なんて素直なやつなんだと、ニコニコ笑う森村を、良太はまたまじまじと見た。
「良太さん、彼女いるんですか?」
 また、ストレートな質問だ。
「いや、彼女は……いない」
 目下のところ良太にはそう答えるしかない。
 うーん、わかったらわかった時でいいよな。
「モリーは?」
「高校の時サラと別れてからサッパリ」
 森村は首を横に振った。
「でも、なんで恋人のこと彼女っていうんですかね?」
 素朴な質問も森村らしい。
「英語でハニーとかってのと同じような、俗語っての?」
「なるほど。でも日本語って難しいですよね。I、の意味がやたら多いし、漢字の読み方も不規則すぎるし、パソコンなかったら俺、日本語書けないです」
「普通に日本人してるみだいだけど?」
「ナンチャッテ日本人? って言われた。日比野さんに」
 良太はクスリと笑った。
「恋人って言えば、やっぱ工藤さんと柏木珠紀って付き合ってたのかな。彼女、あんな生き地獄に落とされちゃったけど、工藤さん、平気なのかな?」
 森村の口からまた柏木の名前が出てきたことで、良太はしばし口を閉ざす。
 はっきり言ってもう柏木の話は聞きたくもなかったが、森村も気になっているのだろう。
 しかし、生き地獄って………。

 


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