春立つ風に186

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「あ、お邪魔してます」
 工藤の姿を見るなり、藤堂も声をかけた。
「今日戻ったのか?」
「ええ。いい仕事ができましたよ」
「そうか」
 そっけなく工藤は一言いおいて頷き、デスクへと向かう。
 工藤がコートを脱いでデスクに座ったところで、そそくさと森村がコーヒーをデスクに置いた。
「おう」
 工藤の必要最低限の言葉に、森村はすぐに良太のところへ歩み寄る。
「あの、今日はご機嫌斜めなんですか? 工藤さん」
 こそっと耳打ちする森村に、良太は吹き出しそうになる。
「あれがいつもだから気にするな」
 すると工藤が二人を睨みつけるように見た。
「あ、加賀友禅の宮坂紀香さんに会ってきました。出演はOKです」
 取り繕うように、良太が報告する。
「そうか。仕事の合間にほかの候補も片っ端からあたれ」
「はい」
 電話に手を掛けたところで、工藤は「車も一台、調達するか」と言う。
「あ、それ、俺もそう思ってました。モリー専用ってんじゃなくても」
「まあいい、森村に決めさせれば」
「だったら、辻さんとこ見に行こうかと」
「辻? ああ、構わない」
 そばで二人の会話を聞いていた森村はまたも目をキラキラさせる。
「車? マジ? やった!」
「ほら、辻さんって、ディーラーやってるから、今度そこへ見に行こう」
「そういえばそんなこと言ってたっけ、辻さん。工藤さん、ありがとうございます!」
 森村は満面の笑みでまた九十度のお辞儀をする。
「良太、ほかにも気が付いたものは揃えておけ。お前に任せる」
「わかりました」
 文句は言わないだろうが、さすがに車も買いましたという事後報告は気が引けると思っていたので、良太はほっとする。
 ほとんどオフィスにいる鈴木さんはあまり車も使わないし、いざとなればタクシーを使うが、免許は持っていると聞いていたので、森村が使わなくても何かの時には車を利用すればいいわけだし。
 今日に限っては午後から出掛ける用もなかったから、良太は森村のスーツを見に行こうと思っていたのだが、CM制作組は撮影がうまくいったからか三人で盛り上がっている。
「今夜、森村の歓迎会でもするか」
 ボソリと言ったのが工藤だったので、良太は驚いて振り返る。
「え、今夜ですか?」
「なんか予定でもあるのか?」
「いえ全然」
「ついでにあそこのメンツも暇なら一緒に繰り出すか」
 今度は窓際のソファに陣取る三人組を良太は振り返った。
 良太は早速佐々木、藤堂、沢村の三人に確認した。
「えっと、みなさん、今夜、もし空いてたら、森村の歓迎会と一緒にCMロケの打ち上げやりませんか?」
 すると藤堂が「なんと、今打ちあげどこでやろうかって話してたとこなんだよ!」と言ってから、小声で「まさか、工藤さんが?」と良太に聞いた。
「そうなんです。珍しいこともあるかなってとこだから、とっとと決めちゃいましょうよ」
 良太も小声で返す。
「三人とも異議なしです」
 藤堂が工藤に向って宣言した。

 


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