春立つ風に213

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 危なげない運転で、森村はハンドルを切り、明け方とあって会社にはすぐに着いた。
「じゃあ、お疲れ様。気を付けて」
 工藤が降り、良太も助手席から降りると、ドアを閉める前に森村に声をかけた。
「はい、お疲れ様です。お休みなさい」
 森村はぺこりと頭を一つ下げると車は渋谷方面へと走り去った。
「さっき、野口が来たろう? ようすがおかしかったが何かあったのか?」
 エレベーターに乗り込むと、工藤が聞いた。
「ああ、あれ……。仕事のことじゃないみたいです。何でも海老原さんが親の勧める女性との食事の最中にレストランを飛び出して勝手に帰国したとかで、野口さんの方に海老原さんの親から文句がいったらしく、野口さん慌ててやってきたんです」
「何だ、そんなことか」
 工藤は一笑に付した。
「美亜さんも心配していたみたいですが、海老原さんはアラフォーのいい大人が母親がどうのとくだらないって、帰っちゃいました」
「フン、まあ、その通りだな。子離れしていない親が多すぎる。海老原のようなやつにとってはうっとおしいだけだ」
「まあ、そうですね。もう実業家として成功しているし、海老原さんみたいな唯我独尊な人に今さら親が出る幕ないってとこですね」
 エレベーターは七階に着き、二人はそれぞれのドアを開ける。
「そういえば、ドキュメンタリーの出演者候補に、大森美術さん追加したいんですが」
 良太は今さっきつと思ったのだ。
 業界関係者もある意味職人といえるのではないかと。
「いいんじゃないか。和穂か、あいつは結構面白い」
 工藤はそう言うと、部屋に入って行った。
「まあ、面白いっちゃ面白いんですけどね」
 ドアを閉めて猫の相手をしながら、良太は呟いた。
「俺のことを勝手に誰かとくっつけないでくれればねえ………」
 工藤とのことがバレるのは困るが、かといって宇都宮だの沢村だのと勝手にカップルにしないで欲しい。
 まあ、彼女の妄想の範囲内なら………。
「いやいやいや、俺で変な妄想、やめてくれえ!」
 風呂に湯を張って身体を沈めた良太は、思わず声に出した。
 あの手の本を前にアスカに見せられたことがあって、良太はぎょえええと喚きまくったことがあった。
「良太ったら、この程度でビビっててどうすんのよ。可愛いもんじゃない? ビデオとかと比べたらこんなの」
「ちょ、まさか、アスカさん、そういうビデオとかも見たことあり?」
「うーん、たいしたことなかったわよ?」
 アスカは平然とのたまっていた。
 和穂のように常に妄想に走っているわけではないだろうが、アスカは会社でエロビデオも見ていたことがある。
「ラブシーンがあんのよ。参考にしようと思って」
 それを聞いて、本当に俳優って大変だ、と改めて良太は思ったのだ。
 ピンチヒッターでやめといて、ほんっとよかった。
 裸になったり、さらに人と絡むなんて、俺にはとてもそんな演技できるわけがない。
 工藤の判断は正解だったと、その時良太は再認識した。
 ただ、秋山がラブシーンが入っているものの普通の映画のビデオとアスカの見ていたエロビデオを取り替えていたが。
「まあねえ、俺と工藤のことっつってもなあ……」
 恋人なら、さっきだって名残惜し気にキスとかさ、まあ、アメリカのドラマじゃないけどさ……。
 期待したわけでもないけどさ。
 などと考えながら、ふっと気づくと湯の中に顔を突っ込んでいた。
「いっけね……寝ちまうとこだった」
 良太は慌ててバスタブから這い出した。

 


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