春立つ風に217

back  next  top  Novels


 ちょうど二人のやり取りを、故意にではなく聞いてしまったのは、コンビニから帰ってきた森村だった。
「え、良太さん?」
 胡乱気にしばし足を止めていた森村だが、すぐにオフィスのドアを開けた。
 全く、だから良太に知られないように動いていたのに、石川のやつ!
 心の中で悪態をついたのは、自分の部屋に戻った工藤だ。
 京都から戻ってしばらくして連絡をよこしたのは、大学の同期にあたる石川だった。
 学部は違ったが、一年の時一般教養でたまたま隣り合わせた医学部の石川とは、同じジムでボクシングをやっていたこともあり、また同じ横浜出身で互いの親をことを知っていたこともわかり、以来たまに飲みに行くような気の置けない友人となった。
 高校までは自分の出自もあり、特に親しい友人も作ろうとしなかった工藤だが、ゼミまで一緒だった小田、荒木、桜木の三人に、たまに石川も加わって居酒屋に繰り出した。
 それぞれ社会に出てからも、ちゆきを失ったことを引き摺って工藤が荒れていた頃も、彼らは工藤を見放すことはなかった。
 石川はワーカホリック過ぎる工藤に、検診は一国一城を預かる身としての義務だと口を酸っぱくしていうので、工藤はたまに石川の勤務する病院で検診を受けていた。
 今回もしばらく受けていなかったから検診を受けろと石川がうるさく言ってきたので、時間を作って受けたのだが、肺に気になるところがあるから生研を受けろということになった。
「いざとなったら、お前が治してくれるんだろうな」
 外科部長である石川の部屋で、そう工藤が言うのに、椅子にふんぞり返った石川はしばし工藤を見つめた。
「お前、やっと大事な人でも見つけたのか?」
 工藤は眉を顰めた。
「これまで死のうが生きようが俺の勝手だ的に生きてきたお前が、そんな殊勝な言葉を口にするなんて、それしか考えられない」
 それが的外れでないことに、工藤は一層目を眇める。
 昔からこの男は、妙に観察眼が鋭かった。
「まあ、いざとなったら俺が治してやる。九十九パーセントは楽勝だ。あとの一パーセントは神のみぞ知るだ。それにちょっと気になる程度なら、まあ問題なかったですむ可能性もあり得るし」
 飄々と語る石川は大柄で大作りなマスクに無精髭、伸び放題の髪と、まるで学生時代と変わらない風貌に、ざっくばらんな性格が意外に女性受けして、病院内でも患者の間でもアラフォーの今も人気が高いらしい。
 そのせいかどうか、既にバツイチで子ども二人は前の妻が引き取っているという。
 その時の生研の結果を聞きに来るようにという石川からの電話が携帯にも入っていたが、ちょうど会議の途中で、留守電になっていた。
 工藤がなかなか電話をしなかったために、わざわざオフィスまで電話して、よりによって良太がそれを取ったらしい。
 いざとなったら良太にも話すつもりはあったが、良太が心配するだろうことはわかっていたので、結果が出るまでは口にしなかったのだ。
 案の定、良太を怒らせた。
 工藤はとにかくとっとと済ませようと、今から行くことを石川に連絡すると、自分の車で病院へと向かった。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます