「いえ、良太ちゃん、今朝から風邪気味でお熱が上がったらしかったので、お部屋に」
鈴木さんがちょっと心配そうな顔で言うのに工藤は嘆息した。
「…ったく、あのバカ……」
何かあると熱を出すってのはガキだけだと思っていたぞ。
「森村ももう上がっていいぞ。鈴木さん、お疲れ様でした」
工藤は踵を返してエレベーターに向かった。
「工藤さん、スーツじゃなかったですね」
セータにジャケットだったと森村が言うと、「あら、そうね、個人的なご用だったのね」と鈴木さんは言った。
「良太さん、大丈夫でしょうか? 俺、薬とかご飯とか持って様子見てきましょうか」
「うん……、今は工藤さんがいらっしゃるから、大丈夫よ。森村くんも風邪、気を付けてね。今夜は久々息子が来るから、お鍋やることになってるの。戸締り、お願いね。じゃ、お先に」
森村の心配をよそに、鈴木さんはコートを羽織ってオフィスを出て行った。
「お疲れ様でした」
森村はそう返してから、「え………?」と一人呟いた。
その頃、良太の部屋のドアを開けた工藤は、またこいつか、的な顔で遠巻きにじっと見つめる猫たちと相対していた。
よくしたもので良太なら駆け寄ってくる猫たちも、工藤など、たまにくるよなこいつ、くらいの認識なのか、何もくれないやつに用はないというところか。
工藤はベッドに近づいて眠っている良太を見下ろした。
おそらく溜まっていた疲れも出たのだろうが、寝込んだのは俺のことが原因か。
まったく。
工藤はそっと手の甲で良太の額に触れた。
熱いな。
薬は飲んだのか?
ベッドに腰を下ろすと、工藤はあたりを見回した。
ネコタワーが変わったり、猫のエサやり器や給水器だのは増えたりしているが、自分のものはスエットやパーカーやTシャツ、リュックくらいで、あとは年に定期的に誂えているスーツ一式だけだろう。
セーターやパンツなどは昔から着ているもののようだし。
物持ちがいいのは悪くはないが、良太の場合、極端に自分のものに金をかけないようにしている。
若い者がもう少し、欲があってもいいだろうに。
まだ俺に借りているという意識がそうさせるのかも知れない。
それにおそらく、両親に仕送りもしている。
髪を切るのも、俺が行っている裏通りの床屋だ。
古くからやっているオヤジはもう八十近く、工藤がこのビルを建てる時に見つけて懐かしく思い、以来ずっとそこで髪や顔をやってもらっている。
良太は工藤にならうようにその店に通い、そこのオヤジとは懇意になっている。
今時アスリートでも見てくれに金を掛ける連中が多いのに、床屋だ。
まあ、腕がいいし、なかなか今の流行に敏感でセンスもいいから、この辺りの若いビジネスマンも利用しているようだが。
そのオヤジも、八十になったら店を閉じると言っていた。
数年前、細君が亡くなった時店をやめるというのを、商店会の仲間や利用客の頼みで続けてきたのだ。
時が経てば変わるものだ。
その時、良太が寝返りをうって、うっすらと目を開けた。
「………工藤………?」
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