春立つ風に52

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「びっくりしたでしょう、服とかメイク、直してきてください」
 良太は呆然自失の真嶋に極めて穏やかに言った。
「ほんと、すみません!」
 そこへ小笠原のマネージャーである真中がダスターモップや塵取りを持って走ってきた。
「俺やります!」
「お、悪い、頼むわ」
 真中はてきぱきと割れたグラスを片付け、制作スタッフがテーブルや床を掃除し始めた。
 社内で唯一、良太を広瀬さんと呼んでくれる後輩は、最近、やる気満々だ。
 小笠原曰く、俺は一人仕事漬けなのに真中のくせに彼女とラブラブ。
 良太としては、小笠原がきっちり仕事をして、真中がしっかりサポートしてくれさえすれば、言うことはない。
 こういう時のために、グラスや食器類は用意してあるが、あまり貧弱に見えないように決して安物は使っていない。
 どころか、良太はこの店で使っているグラスなどをチェックして、宇都宮や小笠原が使うグラスは相応の物を準備した。
「床、大丈夫ですか?」
 良太は制作スタッフに声をかけた。
「ええ、傷はついてないです」
 その答えに良太はホッとした。
 この程度のことは想定済みだが、店舗などを借りる場合、撮影が終わったところで、修理費などに結構かかったりするのだ。
 費用さえ賄えばいいというものではなく、中には希少な素材などもあったりで、そういう場合は頭が痛い。
 大道具小道具からそういった修理までを請け負う大森美術とは、青山プロダクションを興す前から工藤は長い付き合いだ。
 必然的に良太も社長の大森親子とはもう馴染みで、娘の和穂は芸大を卒業したアーティストでもある。
 会社兼自宅は人形町にあり、大森はちゃきちゃきの江戸っ子だ。
 娘といっても和穂は独身アラフォーだが、良太からすると、雰囲気は女子高生の域を出ていない気がする。
「ねえねえ、海老原礼央、カッコいいと思わない?」
 良太を捕まえて耳元でこそっと話しかけてきた和穂の目はキラキラくらい輝いている。
「知ってる?」
「あったりまえじゃない! うちらの仲間うちじゃ、未だに礼央様って崇め奉ってる子もいるし。俳優はやめちゃったみたいだけど、もともとガイジンな感じが一段とダンディになってる!」
「うーん、でも、イマイチ、性格どうよって感じですよ?」
「リアル対応は良太ちゃんに任せるからいいの。ね、一緒にいるの野口さんでしょ? 変わんないわ~」
「野口さんも知ってるんですか?」
「え、そりゃもう、高校も同じで一緒に通ってて、ほんとあの二人って………」
 和穂は最後言葉を濁し、フフフと意味深に笑う。
「ランドエージェントコーポレーションの社長さんですよ、野口さん」
「知ってるよ、もちろん」

 


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