春立つ風に53

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「でもってCEOが海老原氏で、美亜さんはその妹さん」
「何かあの人たちって、三次元で二次元世界を繰り広げてるって感じよね~イケメン超えてるし」
 悶えんばかりに海老原に妄想を発動しているらしい和穂は、「この仕事やってて、唯一、お得感に浸れる瞬間よねえ」と麗しい兄妹のいる一角に視線が釘付けになっている。
 いつの間にか美亜が海老原や野口と一緒に笑っている。
 だが、ジェフが野口に何か囁くと二人は先に店を出て行った。
 その二人を見送っている美亜の表情がちょっと険しい気がして、良太はどうしたんだろう、とマネージャーの水谷に呼ばれて戻っていく美亜を見た。
 と、海老原と目が合ったと思うや、海老原が良太を手招きしている。
 何だよ、俺はあんたの部下とかじゃないぞ。
 心の中では文句を呟きつつも、良太は仕方なく海老原の元へ歩み寄った。
「いつまでここ使うんだっけ?」
「今週前半と来週前半のうちにこの店のシーンはまとめて撮らせていただくことにはなっておりますが、予備として来月後半、三週目も前半だけお借りすることになっています」
「へえ」
 何だかどうでもいいというような言い方だ。
 野口に聞いてはいたが、営業を休んだからといって売り上げに響くとかそんなことは度外視して、海老原が道楽で持っている店だという。
 もともとこの店はこの辺りのビルを持っていたオーナーが凝りまくって開いた店らしいが、投資で失敗したオーナーが何とか潰さずに続けてほしいと海老原に頼み込んで売りつけたものだという。
 だから愛着というものがあるわけではないのだろう。
 いい店だという評判は以前のオーナーによって得たものだということだ。
「やっぱさ」
 いきなり背後から声をかけられて、良太は振り向いた。
「良太ちゃん、真嶋くんの代わりに出てくれねぇ? あの子雰囲気はいいんだけどさあ」
「酒も入ってないのに、おかしな冗談はやめてください」
 いつの間にか良太の傍らに立っている坂口に、良太はびしっと言った。
「こんな大御所だらけの俳優陣で、あれだけやれたら新人としてはたいしたもんでしょ」
「だったら、良太ちゃん、代わりじゃなく一緒に出るってのはどう? シーンがビシッと決まると思うんだがなあ」
「大御所だらけでギャラはもうトントン。余分なギャラを捻出する余裕はありません」
「ちぇ、んなもん、工藤に追加させりゃ……」
「ほら、監督が呼んでますよ」
 坂口を探し回っているらしい溝田に気づいて良太は坂口を促した。
「良太ちゃん、変なとこ工藤に似て来たんじゃねぇの?」
「似てません」
 へらっと口をへの字にして溝田の方へ歩いて行く坂口に、良太はきっぱりと言った。
 ったく、まだ懲りないのかよ。
 呆れ顔で良太は大きく吸って、吐き出した。
「人気者なんだね、良太ちゃん」
 良太が怪訝そうに見上げると、海老原が笑みを浮かべている。

 

 


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