春立つ風に60

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 それから撮影はさしたる問題もなく進み、今日のスケジュールは今日中に終わるかも知れない、と良太が思い始めた矢先、ポケットの携帯が震えた。
 取り出すと海老原の文字が画面に浮かんでいる。
 ええ、ホントに電話してきたよ。
 良太は店を出てエレベーターホールで電話を受けた。
「今日は早く済みそうなんだろ? 十二時前にそっちに寄る」
「え、あの……」
 こっちの返事も聞かないうちに切ってしまうとか、オラオラ系の典型じゃん。
 そうか、美亜さんとか水谷さんに確認したんだな。
 今日は美亜の科白が割とあったのだが、ものおじもせず、自然な演技になっている。
 しかも欧米人モデルの男との会話は英語だ。
 この店でたまに会う美亜に何とか近づこうとしている小椋役の小笠原がそのモデルの男にヤキモチを焼いてでたらめな英語を並べ立てるというシーンも撮影された。
 休憩に入ると美亜は小笠原と笑っている。
 出会いがないと小笠原が前にこぼしたことがあったし、ドラマの共演が縁で結婚する俳優たちが割といるが、案外、そういう縁でもなければ確かに出会いはないのかも知れない。
 そんなことをつらつら考えていた良太は、「まだ終わらないのか」という声を聞くまで、海老原がいつの間にか後ろに立っているのに気づかなかった。
「あと二カットあります。美亜さん、今日はいい感じでしたよ」
「へえ」
 そっけない返事に、野口の方が美亜のことに一生懸命らしいと、良太は思う。
「残念ながら、美亜は昔から新にご執心なんだ。ったく、いい年して、純愛とかないだろうに」
 いきなりとんでもない話題をサラリと口にされて、良太はぎょっとした。
 しかも妹のことじゃないか。
 先日も恋人だか恋人たちだか知らないが、足蹴にするような海老原の物言いに良太はイラついたが、妹のことまでバカにしたような態度に眉を顰めた。
「そんなこと俺なんかに漏らしていいんですか?」
「お前は口が堅そうだし」
 何だよ、それ。
 しかも、お前、呼ばわりかよ!
「礼央、来てたの?」
 振り返ると美亜が立っていた。
「ねえ、この後どこかでご飯食べない?」
「これから広瀬さんと飲み行くんだ。またな」
 美亜の誘いをにべもなく海老原は退ける。
「え、俺こそ、またの機会でいいですよ」
 良太は慌てて心から遠慮した。
「俺は週末からまたニューヨークだ」
 とその時、電話が入ったようで、海老原は携帯を持って店を出た。
「あの、新は一緒じゃないの?」
 美亜が良太に尋ねた。
「いえ、野口さん今日はいらしてませんが」
「あの、広瀬さん………」
 美亜が何か言いかけた時、宇都宮がやってきた。
「海老原さん、もう来てるの?」
「ええ」
 良太は苦笑して見せた。
「じゃ、出る時、声かけてよ」
「はい」
 宇都宮はしっかり一緒に行く気でいるらしい。
 良太はちょっとホッとする。

 


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