春立つ風に72

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「あのですね」
 良太は千雪を助手席に乗せて車のエンジンをかけてから、徐に切り出した。
「なんや?」
「俺って、そんなに、その手の輩に狙われやすい、ですか?」
 すると千雪はくすくす笑う。
「ちょ、マジに聞いてるんですってば。思い起こしてみると、パリでもイタリアでも、あのミュージシャンとかも、なんかその……」
「ほんまに狙われやすいんやな、お前、そんな心当たりあるのんか?」
「ええ、改めて聞き返さないでくださいよ」
 情けない声で抗議する良太を千雪はまたクスリと笑う。
「まあ、んなもん、人の好みなんかそれぞれやろ。ただ、あれやない? お前喜怒哀楽が結構顔に出るタイプやからな、能天気で幸せそうな顔しよると、こいつなら引っ掛かりそうやなんて思う輩がいるかもな、いうこっちゃ」
「それって全然慰めになってないんですけど」
「まあ、とにかく、変なやつがおる思うたら、ちょっと気ぃ引き締めとったらええんちゃう?」
「はあ」
 千雪は女の子に騒がれ過ぎて進学で上京した時からメガネにジャージのコスプレを始めたというが、女の子除けだけではなかったのではないかと良太にも推察できる。
 佐々木さんもいろいろ言い寄られて困ること多いみたいだしな。
 ただ、佐々木さんにせよ千雪さんにせよ、どっちも稀有な美形だからな、わからないでもないのだが。
 でもやっぱり海老原にしても、何で俺?
 モデルとかでもないし、美形とかでもないのにさ。
 能天気で悪かったじゃないかよ。
 お手軽に引っ掛かりそうとか勝手に人のこと値踏みすんなよなっ!
「せや、レイプドラッグには気ぃつけや。フルニトラゼパムとかな」
 その薬の名は良太の記憶にも新しい。
 昨年秋に、工藤が巻き込まれて危うく殺人犯にされるところだった事件で、工藤が使われた薬だ。
 レイプドラッグを酒に混入したりして女性を狙う事件は近年問題にもなっている。
 酔うほどの量の酒を飲んでいないのに急に意識が飛んで、気が付くと記憶も飛んでいるというシロモノで、遊び感覚で使う連中がいる。
「まあ、その海老原いう男が、そこまでのワルやなければええけどな。わかれへんし、一緒に飲んどって席を立ったりする時は要注意や」
「はあ。けど、そこまでして俺を何とかしようとか、考えられないんですけど」
「まあ、気ぃ付けるに越したことはないわ」
「肝に銘じます」
 そう答えたのは、目的がレイプとかではない場合もあり得ると改めて思ったからだ。
 工藤関連では。
 工藤の祖母がペンダントを渡したいとかいう、要は孫可愛さから良太に接触してきたくらいならまだいい。
 もっと別のおどろおどろしい目論見が合ったりした日には、良太などどうなっていたかわからない。
 いや、俺がどうなったとかより、俺のことで工藤に迷惑をかけるのだけは避けなくては。

 


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