春立つ風に84

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 表向きは手島建設株式会社といういかにもな社名を掲げて土木関係の下請け仕事をしているようだが、根本にしろ手島にしろヤのつく職業だと一目瞭然の人相風体だ。
 工藤は頑丈で性能や乗り心地の良さでベンツに乗っているのだが、今回追突事故で、警察にもそれこそ人相風体からヤクザと見られて不愉快極まりなく、今までにもどれだけ車種を換えようと思ったか知れない。
 しかし波多野が車はベンツにしておけときっぱり断言するため、不承不承工藤はなるべく地味めなベンツを選んでいるのだ。
車をぶつけた上に根本がくだらないいちゃもんをつけてきたので、すぐに小田に連絡を取ると、まずパラリーガルの遠野がやって来て早速根本を調べ上げ、次に「言っておくが俺はお前専属の弁護人じゃないんだからな」という文句とともに小田が現れて、工藤の代理人として根本が籍を置く手島建設株式会社に出向いたり、警察に足を運んだりした。
 その間、工藤もいくらか時間を取られたことが苛立たしいことこの上なかったものの、撮影は俳優陣スタッフともに念入りに一つ一つのシーンをきっちり創り上げてくれた。
 さらに事故のお蔭でここ数日、必要以上に気の抜けない日々を送っていた工藤の前に、予期せぬ人物が現れたことも、良太を京都に近づけさせたくない理由の一つだった。
「工藤さん、昨日の美人はもう来ないんですか?」
 工藤がこのプロダクションを興してからの付き合いである撮影業者の岡崎が、面白半分そんな声を掛けてくる。
「来るか。たまたま通りかかっただけだ」
「もったいない、すかさず飲みにでも行かねえと」
 そんな風に見ていたのは岡崎だけではない。
 監督の日比野や脚本家の浅沼も昨日の来訪者をしっかり覚えていた。
「今夜にでも飲みに彼女も誘ったらいいじゃないっすか。後輩なんでしょ? 独身みたいだったし」
 薬指に指輪がなかったとか、余計なところを見ている。
「工藤さん、お久しぶりです」
 クリアな声にどこか聞き覚えがあるような気がして振り返ったのは昨日の午前中のことだ。
「柏木です。お忘れになったかな?」
 柔らかい微笑みを工藤は思い出していた。
 まだ工藤がMBCにいた頃に、会社の顧問弁護士事務所の一員として出会った柏木は弁護士というには初々しい自然な美しさが印象的だったからだろう。
 柏木珠紀、T大宮島研究室出身の三学年後輩で、面識はなかったが当時のミスT大として小田や荒木が一時騒いでいたのでその名前が記憶にあった。
 会社のトラブルで何回かやり取りをするうち、ランチを一緒にしたことがある。
「ずっと工藤さんのこと憧れていたんです。工藤さん、今お付き合いされている方いるんですか?」
 その時、弁護士ならではというべきか、はっきりした声で告られた。


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