春立つ風に97

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「うちの志村が? 事実なら由々しい事態ですが、志村がそんなことをするとは思えませんが、何かのお間違いでは?」
 しっかと女子社員を見据える良太の後ろにはいつの間にか匠や森村が立っている。
「被害者のあたしが言うてるんよ! 何も間違うはずあれへんわ!」
 そんなことを言われて名指しされている当の志村は、黙ったまま無表情で女子社員をただ見ている。
「出るとこ出て、決着つけてもええんよ!」
「このクソイロボケオヤジが川岸の胸触りよったんやぞ!」
 茶髪までががなり立てる。
 ふざけんな、このイロケ出し過ぎ社員とクソヤンめ!
 心の中で思い切り叫びつつも、それを表情に出すことなく口を開きかけた良太の腕を引いたのは千雪だ。
 黙って差し出された携帯を見た良太は、「失礼ですが、川岸さん? セクハラに遭われたのはいつ頃でしたか?」と尋ねた。
「いつ頃て、たった今やわ! このエロオヤジが!」
 川岸と呼ばれた女子社員が声を張り上げる。
 騒ぎを知った店のスタッフも駆けつけた。
「ちょっと、あんたら、こいつ、痴漢やで! はよ、警察呼んで、突き出してぇな!」
 川岸の発言にスタッフが驚き、「ほんとですか?」と志村を見やる。
「警察、呼んでいただいて結構ですよ、川岸さん。ただし、虚偽告訴、名誉棄損、あとこのお店に対する威力業務妨害罪で訴えられるのはそちらの方ですけど?」
 志村の代わりに、ことさらはっきりと、良太は罪状を並べ立てて、川岸と茶髪にきつい眼差しを向けた。
「はあ? 何、言うてるの! 訴えてんのんはこっちやで?」
 川岸が拳を握りしめて大きな声で喚いた。
「ああ、それな、俺、店入ってきた時から、宴会のようす撮っとるんや。また何ぞの時に使うよってな」
 のんびりした声で、辻が携帯の動画を川岸に見せた。
「あ、だったら、俺も。この人ら入ってくるちょっと前、志村さんらもここに陣取ったから、そこからかな」
 そう言って、自分の携帯を川岸の目の前にかざしたのは匠だ。
「俺も、あるし」
 後ろから森村も小声で言った。
 ただ、森村の場合は何かあった時のために、ポケットに刺しているボールペン型の隠しカメラなので、辻と匠の動画があれば間に合うだろうこの状況では取り出すつもりはない。
「俺、見てましたよ」
 その時名乗りを上げたのは別のテーブルの客だ。
「その女が、いきなり自分でシャツのボタン外して、痴漢やて喚きだしたんですわ。その人、後ろ向いてたし、何もしてないです」
 中年の男性客は、川岸や茶髪がどこの会社の者なのか知っていたからか、恐る恐る口に出した感じだった。
「あ、渋谷さん、ちょっと待ってください」
 その時、黙って様子を窺っていた千雪が携帯で電話をしながら立ち上がった。
「警視庁の渋谷刑事に、今話したら、京都府警に連絡してくれはったらしいですわ」
 千雪が眼鏡の端をちょっと指で上げて、えっと目を見張る川岸と茶髪に詰め寄った。


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