夏には千雪から工藤家のお嬢さんの話を聞いたし、先月は波多野から多佳子の名前を聞いたのを良太は思い出した。
「何しろ駆け落ちまでして組長と一緒になった人ですからね。豪胆で度胸のすわった多佳子さんは旦那の組長を鼓舞させることで組を仕切らせた。平造さんを組長の身代わりにさせたのも多佳子さんらしい。八十を超えて今尚矍鑠と組長の背後に陣取っています」
波多野はそんなことを言っていた。
工藤が中学生の時、工藤を育てた曾祖父が亡くなり、曾祖母が亡くなる際、多佳子が工藤家の弁護士を後見人にし、工藤の面倒を見るために平造を引き合わせて以来、平造は工藤の腹心の部下となっている。
現在は軽井沢の工藤家の別荘で平造は管理人として過ごしている。
「って、あなたが、工藤さんをマル暴が目の敵にしている元凶ですか」
それを聞くと、「何だと……」と聞き捨てならぬとばかりに背後の二人が思わず動こうとした。
「お前たち、下がっておいで」
すかさず魔女多佳子が二人に指示した。
男たちはするとリビングへと出て行った。
「随分と度胸がいいのねえ。このあたしに向かってずけずけと」
「だって事実でしょう」
「まあ、そうね。でも私がいなきゃ、高広だって生まれてないんだから」
言われて良太はうっと言葉に詰まる。
確かにそれはそうかも知れないが。
「だから、俺に何の用です? そもそも、あなたが工藤さんの会社の人間である俺に逢うとか、もしマル暴に嗅ぎ付けられたりしたら冗談じゃないです!」
良太は声を上げた。
「ふふん、なかなか忠犬じゃないの。それにT大卒で優秀だし、私に意見するとか、可愛いだけじゃなくて肝が据わってるし、高広もいい舎弟を持ったものね」
その言葉にまた良太はカチンときた。
「舎弟じゃなくて、部下です。俺は野球しかやってこなかったんで別に優秀でも何でもないし」
ムキになって訂正する良太を、「可愛いわねぇ」と多佳子は笑い飛ばした。
「俺があなたと会っているとか下手に知られたら工藤さんの立場が危うくなります。冗談じゃない! 今日は著名人がこのホテルに来ているから、記者とかカメラマンが手ぐすね引いて待ってるんだ」
良太は危機感を覚えて言い放った。
「とにかく、何か用があるなら早く言ってください」
「あたしもね、人の親よ? 高広は可愛い孫なのよ。こんな家業に嫁いだのも自業自得だってわかってるわ。だけど、高広のためと思って逢うのも我慢して、たった一度、親が亡くなって、あの子の行く末を決めるって時に逢ったっきり………」
多佳子は神妙な顔つきで語る。
「それがいきなりネットで顔を見て、こんなに立派になってって、高広に逢いたいと思うだけなら、ばちはあたらないでしょ?」
今にも泣きそうなようすで少し声を震わせながら多佳子は良太に訴えた。
だが、良太は冷めた目で多佳子を見つめた。
何だか女優が演技をしているような気がしたのだ。
さっき良太の前で転んで見せたのはまあ及第点かも知れないが、老婦人を放っておけないというところに意識がいっていた。
第一あの組織の組長を仕切らせたと波多野が断言したような人間だ。
「そんなの仕方ないっておわかりでしょう。工藤さん、思い切りヤクザとか嫌ってるし」
平然と言う良太を見る多佳子の目が光る。
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