多佳子が平造を旦那の身代わりに刑務所に入れたという話を良太は思い出したのだ。
「ほんっとに、にくったらしいこと言うじゃないの。でもまあ、そういうことよ」
多佳子ははっきりと肯定した。
つまり、多佳子は京都にいることになっているのなら、ここにいるのはただの魔女で、良太が関わっても会社や工藤の迷惑にはなりづらいというわけか。
「だったらもういいでしょう? 俺は帰ります」
良太は立ち上がって、ドアに向かう。
だがまたしても、リビングから男らがやってきて良太の前に立ちふさがった。
「どいてください!」
力ずくでは勝ち目はないだろう相手に、良太は声を上げた。
「かまわないわ、通してやって」
多佳子の声が後ろで聞こえた。
男たちはさっと良太を通した。
良太は振り返ることなく、部屋を出た。
エレベーターホールに辿り着き、ドアが開くと良太は乗り込み、ロビー階のボタンを押した。
すると思い出したかのように良太の膝が笑い、良太は咄嗟に手すりにつかまった。
工藤の祖母なのだが、何せ相手はあの中山会の先代の奥方だ。
ついている連中もちょっとやそっとの配下ではないように思えた。
今更ながらに、簀巻きにしてコンクリート詰めで海に沈められるとか、あのままいなかったことにされて行方不明になるとか、そんなことが頭をよぎった。
工藤についている煩い蠅、とか思われていたらまた何をしてくるかわからない。
くっそ、魔女オバサンめ!
俺は絶対、金輪際、魔女なんかに負けるもんか!
工藤から絶対離れたりなんかするもんか!
拳を握ると、今度は思わず涙が零れ落ちる。
緊張が解けたのと、工藤と離れたりしないという思いが相まって瞼が熱くなったのだ。
エレベーターが止まったので、慌てて手の甲で目を擦り、気合を入れてロビーに降り、エントランスへと向かうエレベーターへとロビーを横切った。
車寄せでタクシーを待っていると、すっとタクシーが良太の前で止まる。
「乃木坂までお願いします」
車に乗り込んだ良太は、つい、ホテルの方を振り返った。
別に誰も追ってきたりはしていないようだ。
だが、もしかまたあいつらに捕まったらどうしたらいいんだろう。
工藤に話すべきだろうか。
だけど、話したりして、もしか工藤があの魔女オバサンのところに乗り込んだりしたら。
いや、別に、工藤にとって俺なんかそんなことをするほどの存在じゃないとは思うけどさ。
また魔女おばさんに近づいてこられても困るし。
くっそ、どうしよ……………。
「また何か言ってきたとしても、今後一切あの人には近づかないようにしてください」
頭の中でグダグダ考えていた良太は、運転手が言った言葉を理解するまで少々時間がかかった。
「は…………?」
「あの人もそうそう近寄ったりしないとは思いますが、一応こちらからも手を回して、釘を刺しておきます」
その声には聞き覚えがあった。
「あんた、まさか、波多野………」
バックミラーに映る波多野の目が鋭く見つめている。
「あの人がまさかあなたに近づくとは焦りました。しかも影武者でアリバイまで作って」
まさしく忍者かスパイのような神出鬼没な男の話に、良太はやっと少し落ち着きを取り戻した。
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