月鏡24

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 波多野はふうっと大きく息を吐いた。
「あなたとの打ち合わせには、一応音楽も聴けるように防音になっている部屋を選んで正解ですね」
「ふざけるな!」
 工藤はまた激昂する。
「ふざけてませんよ、本当のことです」
「あのババアに一言言ってやらないと気が済まない!」
 工藤がイライラと言い捨てた。
「それはあなたの首を絞めることになるとわかってますよね?」
 その言葉に、忌々し気に工藤は息を吐く。
「わかりました。私の手のものに、直接魔女にあなたの言葉をそのまま伝えさせましょう」
「金輪際、良太やその家族に近づくな。もしなんかあったら、この手で殺しに行くって伝えろ!」
 いきり立つ工藤はさらに声を荒げた。
「了解しました。伝えましょう」
 波多野はあくまでも冷静にその言葉をメモった。
「しかし、良太はなかなか面白い発想の持ち主ですね。魔女オバサンとは言い得て妙です。ハロウィンがこの先トラウマにならなければいいですが」
「今後は魔女には近づかないだろうさ」
 とはいうものの、あの良太のことだ、老婆が困っていたりすれば手を貸すくらい当然するだろう。
 例え一縷の疑惑があったとしても。
 要は、あのババアさえこっちに食指を向けなければそれでいいのだ。
「俺は来週頭にはドイツへ発つ。だがこのまま良太を放っては行けない」
 険しい顔で工藤は言った。
「わかりました。あなたがドイツに立つ前に何とかしましょう。とにかく、あなたはこちらへは一歩も踏み出さないでください。何ごとも私の方できっちりやりますから。また連絡します」
 波多野に念を押された工藤は、さすがにもう何を言うこともできず、MEC電機を後にする以外なかった。
 もどかしいままに駐車場に降りた工藤は、ドラマ「カラスの城」の撮影現場へと向かうべくエンジンをかける。
 工藤がフジタ自動車のCM撮影のために青山プロダクション所属俳優の志村やそのマネージャーである小杉とともにドイツへ行っている間に、映画「大いなる旅人」の撮影が京都であり、それには良太も同行することになっている。
 志村の出番のないカットの撮影だが、能楽師檜山匠を使っての重要な場面でもある。
 できるものなら良太を一人置いていきたくはないのだが、「大いなる旅人」は青山プロダクションにとっても大事なプロジェクトであると同時に、良太にとっても起点となる仕事なのだ。
「クソババアになんか邪魔されてたまるか!」
 工藤は吠えるように言ってアクセルを踏んだ。
 
 
 
 
 良太が千雪から連絡を受け取ったのは、水波清太郎が出ていたCMの撮り直しの件で、クライアントのブライトンタイヤの広報課長や佐々木との打ち合わせが終わって戻ってきたちょうどその頃だった。
「加藤、いつでもOKらしいで。今からでもええ言うてるけど」
「よろしくおねがいします!」
 良太は電話に向かって頭を下げた。
 三十分ほど経った頃、千雪が加藤を伴ってオフィスにやってきた。
 加藤雄太は工藤が冤罪で捕まった時もクールに動いてくれたが、ひょろっとしたインドア派と思いきや、腕っぷしも強い。
 あの時もじゃっとあった顎髭はきれいに剃られていて、今風の若者だった印象が、切れ者のITエンジニアに変わっていた。

 


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