霞に月の88

back  next  top  Novels


 だがお構いなく工藤はずんずんと三原に向って歩いていく。
 三原は工藤の威圧感に気圧されて思わず後退りする。
「聞こえねぇのか! 撃つぞ!」
 森村はその騒ぎを聞きつけて表側に駆け付けた。
「ヤバ!」
 三原が今にも撃ちそうなようすだと見て取った森村は地面に転がっていた小石を拾うと三原の頭目掛けて投げつけた。
 その弾みでよろけた三原に工藤の後を追ってきた谷川が躍りかかり、拳銃を取り上げて三原を引き倒した。
 それを見て辻や白石らが赤ら顔や中から出てきた三人の男に飛び掛かった。
 そのすきに工藤は中に入っていく。
 裏からはドアをピッキングで開けた加藤に続いて千雪が侵入していた。
 ドアを片っ端から開けて行くが、残っていた手下の一人が二人の前に立ちはだかった。
加藤が男と取っ組み合いになっている横をすり抜けた千雪は、やがて事務室に倒れている二人を見つけた。
「香坂先生! 良太!」
 良太の傍で突っ伏していた香坂は顔を上げた。
「先生! ひどい怪我や!」
 駆け寄った千雪は香坂の腫れた顔を見て眉を顰め、すぐに結束バンドを外した。
「ありがとう。私より良太ちゃんが」
 言われて今度は気を失っている良太の結束バンドを外す。
「良太! おい、良太! 先生、良太、どないしたんです?」
「脳震盪だと思うけど、壁に叩きつけられた時頭を打ったらしくて」
 その時足音がして、中を覗き込んだのは工藤だった。
「高広!」
「クロエ、大丈夫か?」
「ええ、私は……」
 香坂は傍らの机に捕まって立ち上がった。
 工藤は千雪に抱きかかえられている良太を見下ろすと、「千雪、退け」と静かに言った。
 意識のない良太を抱き上げると、「クロエを送ってやってくれ」と言い残して工藤は事務室を出て行った。
 外に出ると、三原や赤ら顔らも手下どもも死屍累々と倒れ込んでいる。
「工藤さん! 良太……」
 谷川が工藤に駆け寄った。
「申し訳ないが、病院に連れて行くんで、後を頼みます」
「わかりました」
 秋山がドアを開けた車の後部座席に良太を寝かせると、工藤は携帯で電話をかけながらハンドルを切った。
「俺だ。訳ありの怪我人を連れて行く。本牧だ」
 それだけ伝えると携帯を切り、アクセルを踏んだ。
 工藤を見送ると、森村がみんなに撤収をかけた。
「先生、ちょっと走れます?」
 千雪は香坂に聞いた。
「足は平気。でもいいの? こいつら放っておいても」
「ええんです」
 小走りに敷地を出ると、少し先に停めてあったポルシェに辿り着き、千雪は助手席のドアを開けて香坂を乗せ、運転席に戻ってエンジンをかけた。
 あっという間にみんながそれぞれの車やバイクで走り去る。
「それ、病院行かなあきまへんね」
「そうね、ちょっと処置してもらいたいわね」
 香坂は冷静に言った。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村