風そよぐ106

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 このままだと、良太、ほんとに宇都宮の放った蜘蛛の巣に引っかかっちゃう。
 それにしたって、工藤さんも工藤さんだわ。良太のこと大事ならいくら忙しくてももちょっと考えてやってもいいんじゃない?
 ドラマ『田園』の中で、主人公の宇都宮と竹野の不倫を知ったいつも強気でいるはずの妻のひとみが、「もう私には愛なんてないのよ」と言うのに対して、後輩のアスカが、「何言ってるのよ、先輩がそんなんじゃ、ホントにダメになっちゃうわよ」と言うシーンを、アスカはふいに思い出した。
 それってまるで私よね。
 坂口がアスカがこの役にのってると勘違いをしたのか、シーンを増やされたのだ。
 まあ、ひとみ本人はそんな弱音を吐く人じゃないけど。
「大丈夫ですよ。何があったって、俺、会社はやめたりしませんから」
 良太はあれこれ考えてくれたのだろうアスカのことを改めていい人だなと思い、かろうじて笑みを浮かべた。
 今のところ、工藤に借りている金を返さなければならないからには、おいそれと会社を辞めるわけにはいかないのだ。
 大体、万年人手不足のあの会社に、俺が辞めて入ってくる人間がいるとは思えない。
 それにこれまでの恩義を考えれば、あんな疲労困憊で黄昏てる工藤を放りだして辞めるなんてできないじゃんね。
「もう、十時になるし、俺そろそろ部屋戻りますね。今夜はごちそうさまでした」
「とにかく今夜は何も考えずに寝なさいよ。それ以上やつれたら良太じゃなくなっちゃうじゃない」
「おやすみなさい」
 良太が部屋を出ていくと、アスカは残っている酒をグラスに注いでももどかしさとともに飲み干した。
「ああ、もう、すぐにも飛んで行って工藤さんに言ってやりたい!」
 声に出しても、イライラは収まらない。
「しょうがない、とりあえず、ひとみさん待ちか」
 一方、わざわざ高雄までやってきて工藤を捕まえたひとみは、ホテルに入っている日本料理の老舗で、工藤が良太に食わせてやろうと考えた特上の膳を前に鮎の塩焼きにかじりついていた。

 


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