風そよぐ114

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 その時、撮影が開始された。
 次のシーンでは本谷の出番がある。
「ありがとうございます! 何かやれそうな気がしてきました。俺は俺、そのまま普通に、体当たりしてきます」
 本谷は深々と良太に頭を下げると、撮影されているシーンに目を向けた。
 良太もしばらく撮影を見ていた。
 顔合わせの時に、つい小林先生の推薦でなんて言ってしまったことが本谷のプレッシャーとなっていたとは、良太も反省しきりである。
 何か、今時いない、素直なやつだよな、本谷って。
とにかく外野を気にせず、やってくれることを願うばかりだ。
 俺の黒歴史が役に立つとは思わないけどさ。
 アスカと通りを歩きながら、本谷が自分の考えを告げる、そんなシーンだった。
『とにかく何か覚えてないの? あなたを殴った相手のこと、臭いとか息遣いとか体温とか、何かあるでしょ?』
 アスカに詰め寄られて、本谷が『そんなこといわれても』と言った。
 ただそれだけのことだが、その時、監督の山根や久保田、それにひとみや流も、もちろん良太もおおっという感じで本谷を見た。
『なんかこう、思い出せそうで………出てこないんですよねぇ』
 科白が自然に流れている。
 撮影はスムースなやり取りで進み、シーンが終わった。
「いいよいいよ、本谷くん、それそれ、そんな感じで次もお願いしますよ」
 満面の笑みを浮かべている山根を見て、良太はそっとロケ現場を離れた。
 ホテルは既にチェックアウトしていたので、良太はそのまま電車を乗り継いで甲子園球場へと向かった。
 電話はたまにかかってくるが、沢村と顔を合わせるのは久しぶりだ。

 


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