三十一歳で伝統ある能楽師の家に生まれながら、若くして家を離れ、新しい能楽を目指して孤軍奮闘している。
「今回は演舞のシーンが重要なカギになっているからな、桧山も積極的に意見を言ってくる」
にしても、今の時間にここにいるには夜中に向こうを出たわけで、それくらい本谷のことが気がかりだとういうことなのかと、秋山は思いを巡らせる。
仕事だけを見れば確かに、今日のシーンは重要ではあるが。
キーマンとされる本谷が警部のアスカと何を見たのか思い出せるかもしれないと道玄坂を歩く途中、赤信号で待っている時に何者かに後ろから押されて危うく車にぶつかりそうになる、という内容だ。
原作の中で『道玄坂』という言葉が謎解きのキーワードになっていたため、ただでさえ人の多いこの地での撮影となった。
日曜日の早朝にもかかわらず、どうやら本谷のファンにとってはラッキーとなったらしい。
早く終わってくれないかな。
あちこちで増殖している本谷のファンに気を配りつつ、良太は撮影の時間を待った。
撮影は本谷のリテイクがいかに少なく済むかにかかっている。
あ………
ふと顔を向けると、秋山の横に工藤が立っている。
え、どうやってきたんだよ、あの人。
夜中に工藤から連絡が入った時、まだ京都だと言っていた。
早朝でも人は多いだろうことで事故などを警戒しろという指示だった。
俳優やスタッフ陣のことも無論だが、周囲の一般人に何かあったりなど言語道断だ。
人だかりと緊張の中で、撮影が始まった。
ファンもそこは心得ているらしく、撮影の時に騒ぐということはないようだ。
アスカと話しながら歩道を歩くというシーンだが、案の定、本谷は科白を噛んで、リテイクとなった。
アスカはポンポンと本谷の肩を優しく叩いて、再度、同じシーンに臨む。
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