風そよぐ55

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「だから、もう台本きちゃってさ、志村さんの後引き継ぐってわけじゃないけど。俺、もちょっと、失恋の余韻に浸ってたいんだよ、それなのにさ、わざわざ島まで小杉さんから台本宅配されてきててさ」
 それを聞くと良太もさすがに小笠原が気の毒に思われた。
「舞台の稽古、来週からだっけ?」
 筒井明彦演出の『ハムレット』は、青山プロダクション筆頭俳優である志村嘉人のライフワークだったが、このほど小笠原にもやってみないか、と志村から声をかけられ、ここのところ仕事に貪欲さを見せている小笠原は二つ返事でひきうけてしまったのだ。
 その時は。
「ああああああああ」
 小笠原は椅子にもたれこんでうめき声をあげた。
「お前なんか、女の子にメチャもてのイケメン俳優って騒がれてるのになあ。実情は真中に先を越されたか」
 すると小笠原はむくりと顔を上げ、「お前そういう、傷口に塩を塗るみたいに……」と軽く良太を睨む。
「ああ、くっそ! そうだ、俺様は、人気イケメン俳優だかんな! んなもん、すぐに次の彼女見つけてやるわ!」
 良太がグラスにワインを注ぐと、小笠原はまたそれをガブガブと飲み干した。
「あのさ、また上乗せで塩を塗るようだけど、お前、こういう話できる友達、とかいないわけ?」
 良太の言葉に小笠原はウっと眉を顰める。
「いるわけねえだろ。だから、うちのオフィスに来た時も、俺もう人が信じられねくてきたんだってばよ」
「そっか……」
 とその時、良太のポケットで携帯がワルキューレを奏でた。
 心臓がドクンと跳ねたような気がした。
 


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