風そよぐ56

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「……はい、お疲れ様です」
 良太はそばには小笠原しかいなかったので、そのまま携帯に出た。
「えと、今、小笠原と一緒で、小笠原は島から戻ってきて、来週から舞台稽古に入る予定です」
「『からくれないに』の方は千雪を連れてったのか?」
 工藤の声が心の奥まで染み入っていくように感じられた。
「はい、何とか。顔合わせの方もつつがなく終わりました。パワスポも」
「そうか、来週の火、水あたり、こっちに来れないか。北山杉、またロケに行くんだが」
 昨日の今日で、珍しく続けて電話をくれたと思えば、唐突な京都行の話に良太は躊躇した。
 今までの良太であれば躊躇どころか、すぐに行くと返事をしただろう。
 無理やりにでもスケジュールを組み直し、万障繰り合わせてすっ飛んで行ったに違いない。
 だが、今はそれができなかった。
 行きたい、という思いと、ダメだという思いが良太の中でせめぎ合い、ややあってから口を開いた。
「すみません、ちょっとそのあたりは難しいかと。レッドデータもあるし……」
「何なら、俺からヤギの方に言っておくが」
「……いや、それだけじゃなくて、『田園』の方で、撮影は火曜日に終わるんですが、竹野のことでちょっとあって……」
 つい、口から出てしまったウソ。
「そうか。まあ、じゃあ、あとは任せる」
 そこでいつものように電話は切れた。
 切れてからも少しばかりぼんやりと良太は携帯を握りしめていた。
「工藤だろ? 何? 俺のこと?」
 小笠原が良太の顔を覗き込む。

 


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