月澄む空に110

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「でもやめられないんですよね。わかる気がするな。俺なんかガキの頃から野球三昧で、学生の時もろくに就活もしてなかったけど、野球愛だけは今も消えないっていうか」
 楠木の本音だろう話に対して良太は自嘲気味に語る。
「MLBで投げるって夢はまだ〇.一パーセントくらいの可能性があるって思ってるし」
 これには楠木も笑った。
「〇.一パーだ? 酔いが回って計算もできなくなったのか? MLB目指してるやつらがどんだけいると思ってる。千分の一なら今頃こんな居酒屋で安酒くらってるはずないだろうが」
 そこへ工藤が割り込んでせせら笑う。
「世の中、どう転ぶかなんて誰にもわかりませんからね! 来年カムデンヤーズで投げてたりとか」
 良太は工藤の揶揄に言い返す。
「ハ、何がカムデンヤーズだ。そんな奇跡でも起きないようなことが起きたら、俺なんかハリウッドでオスカーでも取ってやるわ」
 鼻で笑う工藤を斜に睨みつけ、良太は「今のセリフ、きっちり覚えといてくださいよね!」と挑戦状を叩きつける。
 すると、向いの君塚が唐突に笑いだした。
「キャハハハ! 中坊みたいな師弟対決ぅ!」
 かなり酔っているせいか、笑いが止まらない。
「なんか、ツボったみたいですね」
 ケラケラとお腹を抱えて笑う君塚を見て良太がボソッと呟いた。
 そんな君塚に目を向けているが、良太の頭の中ではカムデンヤーズというキーワードが俄然大きくなっていた。
 カムデンヤーズは良太が永遠に尊敬してやまない元MLBの投手野茂が二度目のノーヒッターを記録した球場だ。
 だが、良太に夢のまた夢のようなことを言わせ、それこそカムデンヤーズが近くなったように思わせたのは、沢村のMLB行きの話だ。
 いずれにせよ沢村が決めることだが、できることなら良太は沢村がカムデンヤーズでホームランを打つところが見たいと思った。
 沢村の人生において、佐々木がどれほど大切な存在なのかは十二分にわかっているつもりだ。
 けど、なんでMLBか佐々木さんか、どっちかなんだよ?
 どっちも取ればいいだけじゃん!
 少なくともそれは、工藤の傍に良太が半永久的にいられることよりずっと可能性が高いと思われた。
 俺なんか、この君塚さんとかがうちの会社に来たら、仕事もプライベートもあっという間にお払い箱じゃんね。
 自虐的な思いで良太は薄笑いを浮かべる。
「しかし良太ちゃんは大物だね~」
 まだ笑いを抑えられない君塚をよそに、紺野が手酌で熱燗をぐい飲みに注ぎながら言った。
「この工藤にオスカー宣言なんかさせるんだからなあ」
 徐にそんなことを言い出す紺野を見て、みんなかなり出来上がってるなあ、などと良太はぼんやりと思う。
「どうぞ、良太さん」
 振り返ると楠木が徳利を良太に差し出していた。

 


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