「おい、そんなとこ真似するんじゃないぞ、君塚」
紺野が少し焦り気味に君塚を見た。
「わかってますよ、私にはそんな度量はないし。あーあ、ほんともう何か嫌になる。仕事自体は充実してたのに、上からいきなり梯子を外されて、どうやって昇っていけばいいっていうのよ」
「おいおい、みんなを引っ張っていくお前がそんなことを言ってどうする」
君塚のボヤキを紺野が窘める。
ただ、こうやって文句をいいながらも、これまで一筋の光をつかまえて難関を突破してきた君塚だからこそ、紺野は今回彼女に任せたのだ。
「そういえばこないだ、坂口先生に会った時、工藤シフトにはできる司令塔がいるから盤石だとかって、言ってましたけど、やっぱりエリートがいるんだ?」
急に君塚が話題を方向転換させて、工藤に詰め寄った。
「全くあの人は! 坂口さんの言うことなんか話半分で聞いておけ」
工藤はガハハと笑う坂口を思い浮かべて眉を顰めた。
「ああ、広瀬くんのことだろ? 坂口さん、かなり気に入ってるよな。確かに工藤シフトは盤石だな、今のところ」
「え、紺野さん、その広瀬さんに会ったんですか? 工藤さん、私にも今度紹介してください!」
「お前の大学の後輩だったよな?」
「え? やっぱT大出のすごいエリートなんだ!」
ニヤニヤと君塚を煽るようなこと言う紺野を工藤は睨む。
「誤解させるようなことを言わないでくださいよ。人手不足で前は母校にも募集掛けてたんだが、俺の伯父貴云々を口にすると大抵回れ右して帰っていくとこを、たまたまそいつだけ帰らなかったってだけのことだ」
「ほう? 最初っから根性あったんだ? 広瀬くん」
工藤の自嘲気味な説明にも紺野が感心したように頷く。
「へえ、エリートなのに根性あるんだ」
君塚のセリフに、紺野も思わず笑いを漏らす。
今頃、良太のやつ、くしゃみでもしているんじゃないか。
苦笑いでグラスを手にする工藤がふと腕時計に目をやるとそろそろ午前零時になろうとしていた。
今夜はさすがにもう寝たかと、良太へと思考を飛ばす。
夕べは良太に絡む天野に煽られて、全く大人げなかったとまた反省しきりだ。
しかし天野のようすを思い出すと、どう考えても良太に気があるとしか思えない。
無節操なことはしないだろう宇都宮と違って、天野は若いしこの先どう出るか計り知れない。
撮影はまだこれから続くわけで、常に良太を見張っているわけにもいかない。
工藤は苛つきながらグラスを空けた。
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