「サラが」
「さら?」
良太が訝し気に聞き返すと、森村はようやく身体を起こし、「夕べ急にサラが俺の部屋にやってきたんだ」と言う。
「だから、サラって?」
「高校の時のガールフレンド。日本に来たら遊びにおいでって、住所も教えてたんだけど、まさかいきなり来るなんて」
「あ、そうなんだ、ニューヨークの? せっかく来たんならあちこち案内してやればいいじゃん」
「そうはいかないんだ。サラ、俺の部屋に泊まるつもりだったみたいで。それが夕べソフィがいてそれを聞いて怒って帰っちゃったんだ!」
「え、っと、それはまた………」
間の悪い。
「追いかけたんだけど、ソフィ、タクシーで行っちゃうし、サラは面食らって、どうしようって、俺の部屋に泊まるつもりでホテルも取ってないっていうし」
はああ、と森村は大きなため息を吐く。
「とにかくサラは今の状況を説明して納得してくれたけど、ホテル予約して連れて行った後、ソフィに連絡したんだけど、電話でないし、ラインで説明はしたんだけど……」
日本語が段々おかしくなり、英語交じりからやがてブツブツと森村は何やら英語で呟き始めた。
どうやらラインは既読にはなるらしいが返事が来ないようで、森村は見た目にもがっくりと肩を落とす。
「既読になってるんならメッセージ見てるわけだから、そのうち返事が来るんじゃないか? 昨日の今日だろ?」
良太はそう言って森村を慰めるものの、落ち込んでいる本人には適当な慰めなど耳に入らないかも知れない。
顔を上げると、心配そうな鈴木さんも何か言いたげな視線を返してきた。
やがて、暖かいミルクティーを森村の前に置くと、「二人とも少し時間が経てば落ち着くんじゃない?」と鈴木さんが言った。
「そういう時変に考えるとドツボにはまるだけだし」
良太も言った。
「ドツボ????」
やっと顔を上げた森村は意味が分からないらしい。
「向こうが今何を考えてるかわからないとぐるぐる悪い方へ考えちまうから、ちょっとお茶でも飲んで思考を中断してみたほうがいいってこと」
「…got it」
それからしばらくは三人とも言葉を交わすこともなく、それぞれパソコンに向かっていた。
風が流れ込んできたのはそろそろ三時になろうという時だった。
「森村? ああ、いるが」
ドアを開けた工藤の声がしたかと思うと、一人の女性が飛び込んできた。
「ソフィ!」
女性の顔を見てガタンと森村が立ち上がり、駆け寄った。
「モリー!」
二人は一言二言やり取りをしたかと思うとひしと抱き合った。
まるでドラマか映画かよ、というようなシーンがオフィスの中で展開されている。
工藤は少し眉を顰めてその二人を一瞥しながら自分のデスクに向かう。
ちぇ、こっちの方がいつでもゲームオーバーと隣り合わせだっての。
いくら工藤が暴走したからってムクれたまま、サンドイッチとか買ってきてくれたことに礼も言っていないことをぐだぐだとまだ良太は考えていた。
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