月澄む空に72

back  next  top  Novels


「野球だったらいくらでもやるのになあ」
 ほんと、もうずっとキャッチボールすらやっていないから、球速もかなり落ちたよな。
 子供の頃からずっとやってきたのに、やってない自分が不思議なくらいだ。
「フフ、ほんとに野球好きなのね」
 鈴木さんが微笑ましそうに良太を見た。
「良太さん、じゃあ今度、ニューヨークに野球見に行こうよ」
 さっきからのウキウキ気分が抜けていない森村が言った。
「お、いいなあ、それ!」
 良太も一度でいいからMLBの本場で観戦してみたいとは思っていた。
 ニューヨークは仕事で行ったことはあるが、タイトなスケジュールで野球観戦とか論外だった。
 たまの休みは親の顔を見に行くくらいだし、この人手不足な会社で良太が休暇を取って渡米などかなり無理な話だ。
 工藤に言えばおそらくOKをくれるだろうが、その分、工藤の仕事量が増え、戻ってきた良太の仕事量も半端ないに違いない。
 沢村がMLB行くとかになれば、ひょっとしたら仕事にかこつけて渡米、MLB観戦も実現するかも知れないが、以前、ポスティングですぐにでも渡米しそうだった沢村は、佐々木と出会ったことで渡米のことなどなかったことにしてしまった。
 あの時は俺を連れていくとか息巻いてたのに、佐々木さんを連れていく、って簡単には行かないんだよな、きっと。
 お母さん一人おいて沢村と渡米とか、佐々木さんがうんと言うはずがなさそうだ。
 沢村が買った土地のことにしても、あれ以来何もどうにもなっていないみたいだしな。
 ようやく神宮の試合に直ちゃんと佐々木さん来てくれたって、沢村、やっとここまでこぎつけたって涙もんだったもんな。
 誰かと付き合うって、ほんと一筋縄ではいかないもんだよな。
 ソフィとモリーにしても、まあ、あの二人はちょっと喧嘩したくらいで、ソフィの両親の家にも招かれたって、モリー有頂天になってたし。
 キーボードをたたきながらあれこれと思い巡らしていた良太は、「そろそろ行きますか?」という森村の声に、はたと我に返った。
 スタジオでは、被害者の部屋に鑑識が入った後、刑事が捜査するシーンの撮影が行われていた。
 天野演ずる四ノ宮と西野演ずる先輩刑事石川がこじんまりとした部屋を隅から調べていく。
「何だか、整いすぎてもう明日どうなってもいいみたいな部屋ですね」
 ぼそりと四ノ宮が言う。
「この部屋の主にもう明日はないけどな」
 石川が返す。
 二人の刑事のセリフのやりとりがシーンに微妙な深みをもたらしている。
 小宮山も演技はベテランだったが、相棒としてのやりとりを見ていると天野と西野の方が断然息があっていると良太は思う。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村