月澄む空に73

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「なんかさ、天野、すごいね」
 今のシーンに出番がないひとみが、良太の横にきてこそっと口にする。
「もともと上手い俳優だと思ってたけど、撮影するごとに磨きがかかって、四ノ宮になってる」
「ほんとですね」
 良太も頷かざるを得ない。
 四ノ宮には天野だと直感的に思ってオファーしたのだが、さらにランクアップしている天野は思っていた以上にすごい俳優なんだと改めて思う。
 やがて休憩に入ると、天野はモニターを見ながら監督と何やら話し込んでいる。
 ただ才能があるというだけでなく、天野は努力を惜しまない。
 例の良太にとっての黒歴史で、天野が採用されるはずだったのを良太になったというのは、あくまでも鴻池の策略の所以でしかなく、もしあの時天野が採用されていたとすれば、もっと早く天野はスターダムにのし上がっていたのではないかと良太は思わずにいられない。
 そのことをひとみに話すと、「タイミングってのはあるものよ。もし天野ちゃんがその時点で人気俳優になってたとしたら、舞台での鍛錬もなかったかも知れないし、今の天野ちゃんができあがってたかどうかわからないでしょ?」ともっともなことを言われた。
「うーん、そっかあ」
「どっちかっていうと、天野ちゃんはその時点で不採用になってたお陰で、鍛錬をつんで、良太ちゃんの目に止まって、めでたく今四ノ宮をやってるってことじゃない?」
「俺の目にとまるとか、そんなおこがましい」
 良太は焦って否定する。
「高広がただ可愛いだけで良太ちゃんにあれこれ任せるとかあり得ないでしょ」
「あの人は人使いが荒いだけですよ」
「またまた、高広の秘蔵っ子ってもう業界じゃ有名よ?」
「やめてくださいよ。坂口さんでしょ、そういうデマ流すの」
「フフ、高広は出張か、それはさみしいわね」
 うっと良太は言葉につまる。
アスカとこのひとみは時々良太が反論し難いからかいをする。
「明日接待ゴルフだって。俺にもそのうちゴルフやれとか言うし」
「ゴルフなら良太ちゃんお手の物じゃない? 野球やってたんだから」
「えええ、ぜんっぜん違いますよ、俺、第一ピッチャーだったし、バッターならまだしも」
「あらそう?」
 ひとみは小首を傾げる。
「良太さん、ゴルフやるんですか?」
 急に後ろから声を掛けられて良太は振り仰いだ。
「ああ、社長にゴルフくらいやれって言われてるんですよ。うちの秋山や志村なんかもスポンサーとゴルフ行ったりしますから」
「面白いかも。俺もやろうかな」
「あら、いいんじゃない? あたしもゴルフセットだけは持ってるのよ。ほんのたまあに、斎藤じいに誘われたりするから。ほら、オヤジはゴルフくらいしかできないでしょ」
 ひとみにかかると大会社の社長も散々な言われようだ。
「斎藤じい?」
 天野が聞き返した。
「美聖堂の斎藤社長のことです」
 良太が代わりに答える。
「なんかあたしと高広、セットで飲みとか呼び出されるのよね。そうよ、ゴルフなら斎藤じいとやれるんじゃない? 良太ちゃん、こないだ潰れちゃったから、お酒に誘うのは可哀そうって思われてるし」

 


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